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イザベル・ユペールが輝き続ける理由とは? 【ジーン・クレールが選ぶVOGUEな女性】

  • 2019.6.28
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イザベル・ユペールが輝き続ける理由とは? 【ジーン・クレールが選ぶVOGUEな女性】
2019.06.28 17:00
本誌インターナショナル・ファッション・ディレクターのジーン・クレールが紹介するVOGUEな女性たち。今回はフランス人女優のイザベル・ユぺールの魅力に迫った。多くの若手女優たちがカンヌ映画祭で話題を集める中、再評価されたのが、セザール賞主演女優賞に史上最多記録を更新し続ける演技派女優のイザベルだ。


日本での知名度はそれほど高いとは言えないが、同世代のなかではメリル・ストリープと並ぶほどの評価を受けるフランス人女優、イザベル・ユペール。フランス映画界で最も権威のある「セザール賞」主演女優賞に史上最多記録となる14回ノミネートされていることも、彼女の天性なる演技力を物語っている。ほかにも米アカデミー賞やゴールデングローブ賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞など、錚々たる賞レースに彼女は名を刻んでいる。


10代の頃にフランス映画でキャリアをスタートしたイザベル・ユペールは、その圧倒的な演技力で今はインターナショナルな知名度を誇る存在となった。しかし、66歳を迎えた彼女の勢いは止まらない。新たな挑戦に立ち向かい、さまざまな方面から映画界に貢献する彼女の姿勢、そして圧倒的なキャリアを改めて振り返ろう。

出演作品120本を超える、フランスの女優。

Le Prussien


パリで生まれたイザベル・ユペールは、幼い頃から人前に立つことが大好きだった。目立ちたがり屋のイザベルを演劇界へ導いたのは彼女の母親。地元の劇団に所属し、数々の舞台を経験したイザベルは、1971年にテレビ映画『Le Prussien(原題)』にて本格的なデビューを飾る。イノセントな雰囲気と鋭い演技力で、彼女はたちまちフランスの女の子たちが憧れるティーンスターになった。


その頃から約40年が経った今、彼女が出演した作品は実に120本以上を数える。その中で、最高傑作はどれか、という話題になるとたちまち大論争になってしまう。今なら『エル ELLE』(2016)を推す声が多いかもしれないが、『愛、アムール』(2012)や『ピアニスト』(2001)、『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』(1995)など、彼女は多くの代表作を抱えている。


おそらく少数派の意見だろうが、私にとっては、『天国の門』(1980年)での彼女の演技が、どの作品よりも深く印象に残っている。このマイケル・チミノ監督による作品は、失敗作との烙印を押されることも多いが、すばらしい出来だと思う。この映画で彼女が演じたのは娼家の女主人である、エラ・ワトソン役。彼女はクリス・クリストファーソンとクリストファー・ウォーケンが演じた2人の男に同時に思いを寄せられるという役どころを繊細に演じ、その素晴らしさに圧倒されたことを今も覚えている。


さらに、彼女の活躍の場は銀幕の世界だけにとどまらない。これまで舞台にも数多く出演しており、『ザ・メイド』『ザ・マザー』『4.48サイコシス』などの作品での演技は批評家からも絶賛されている。また、テレビドラマでも多くの作品が知られる。彼女がよく演じるのは、オフビートという言葉が似合う、社会の決まりに縛られないタイプのキャラクターだ。ジャン=リュック・ゴダール監督の『勝手に逃げろ/人生』や、フィルムノワールで知られるフランスの名匠、クロード・シャブロル作の『主婦マリーがしたこと』などでの役柄がその好例だ。

マルチなアプローチで映画界に貢献。


銀幕での活躍が目覚ましいイザベルだが、60代に入ってから積極的に新境地を切り開いている。中でも驚きなのが最近、アメリカの人気警察ドラマ『LAW & ORDER:性犯罪特捜班』(1999)にゲスト出演したことだ。テレビドラマの出演は、作品の質を重んじる演技派の女優ならたいていは敬遠する、リスクの高い選択だ。特に、イザベル・ユベールは、誰もが認める名映画女優で、バジェットの大きいハリウッド大作や、話題の監督との仕事など、さまざまな役柄が舞い込んでくるに違いない。


しかし、彼女はステータスに貢献する作品ではなく、自分が関わりたい役柄を最優先に仕事を見極めてきた。コメディーからドラマティックな作品まで。ジャンル問わずで名演を披露する、彼女の実績は驚くべきものだ。どんなに経験を重ねても、自身のポリシーを貫く姿勢こそが、彼女の見事な演技力の真髄だろう。


イザベルは女優活動以外にもカンヌ映画祭の特別審査員やパリ大学の講師を務め、映画界の支援にも活動的だ。その中でも特に彼女が熱心に励んでいるのが、名画の普及だ。パリのサン=ジェルマン地区に位置する「 Christine 21」という小さな名画座のオーナーをイザベルは務めている。昔ながらのパリの建物の地下に潜むその映画館では、フランス映画はもちろん、イタリアやロシア、そしてアジア作品など、幅広いジャンルの映画を上映している。なんと、上映作品のセレクトを担当しているのは、彼女の長男のロレンツォだ。


彼女は錚々たる映画賞を受賞しているが、中でも最も輝かしい功績と言えるのは、2017年のフランス記者協会が芸術文化に貢献のあった人物に与える「グローブ・ド・クリスタル賞」の受賞だろう。この賞は女優としての実績はもちろん、マルチな方面で映画界へ貢献するイザベルの活動が評価されたことを意味している。

年齢とともに輝きが増して。


イザベルは“女優が憧れる女優”、といっても過言でない。しかし、彼女の今までの実績を考えると、評価はもっと高くても良いはずだ。これは出演作が、いわゆるハリウッドの王道作でないことが理由のように思われる。彼女の出演作は監督の個性あふれる語り口が重視され、独特のキャラクターが登場するものが多く、一般ウケのために作られたものでない。そこにあるのは、奥行きがある登場人物を中心に据え、独自の視線で世の中を読み解こうとするヴィジョンを持った、真っ直ぐな映画製作への姿勢だ。


イザベルは、全く年齢を感じさせないという点でも類い稀な存在だ。その演技は年齢とともに深みを増し、さらに幅を広げていくだろう。映画界でも他に類を見ない、驚異的なキャリアを誇る女優、それがイザベル・ユペールの神髄だ。

Text: Gene Krell

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