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三陽商会がタッグを組むサステナブランド「アポリス」 フェアトレードは“害を及ぼさない最低限のライン”

  • 2019.6.26
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「アポリス(APOLIS)」は2004年、ラーン・パートン(Raan Parton)とシェー・パートン(Shea Parton)兄弟がアメリカ・ロサンゼルスで創業したライフスタイルブランドだ。2人が旅を通して発展途上国の雇用を生むためのビジネスモデルを考案し、世界中で雇用を作ることをミッションにしている。看板アイテムのマーケットバッグは、バングラデシュの200人以上の女性たちの手で作られており、計50万個以上を売り上げた。

“Global Citizen(地球の市民)”をブランドコンセプトに掲げ、どこで誰がどのように作っているかを明確にするトレーサビリティー、公平・公正な賃金や貿易の仕組みのフェアトレードにも取り組み、天然素材を用いたサステイナブルブランドだ。

日本ではセレクトショップなどでの卸売りを行ってきたが、18年に三陽商会と日本国内における生産・販売のパートナーシップを結んだ。来日したパートン兄弟に「アポリス」を立ち上げた理由から、今ファッション産業が取り組むべきことまで語ってもらった。

WWD:2人はどうファッションのキャリアをスタートさせた?

ラーン・パートン「アポリス」クリエイティブ・ディレクター(以下、ラーン):僕はもともとナイキ(NIKE)傘下のサーフブランド「ハーレー(HURLEY)」のクリエイティブチームにいたんだ。当時そのチームはナイキ ジャパンのメンバーで構成されていたんだ。初期のECやプロダクトなどのデザインを担当して、「ハーレー」の最初のウェブサイトも作った。15年前、シェーと「アポリス」を立ち上げようと決めたときは、“サステイナブルな製品を作りたい”と思っていたけれど、どうすればいいのか分からなくて、最初のうちは他社のデザインをしたり、生産を請け負ったりしていた。

シェー・パートン「アポリス」最高経営責任者(以下、シェー):僕はビジネススクールで起業家ファイナンスなどを学んで、ファッションとは無関係だったんだ。父は建設会社の経営者で、素晴らしいメンターで、ファッション業界は建設業界よりほんの少し華やかなだけで、基本的には同じものだと学んだ。原材料があって、請負業者がいて、納期があって。そして価値のあるものを作って、それを売って、借金を返すという、出口戦略が重要なところも似ている。

WWD:15年前にブランドを始めたきっかけは?

シェー:僕らは南カリフォルニアというとても恵まれた場所に生まれたんだけど、「世界を知らないと自分たちがいかに恵まれているのかに気づかない」という両親の教育方針で、幼い頃から世界中を旅行し、両親が非営利団体と仕事をしていた関係から、発展途上国にもよく訪れていたんだ。世界中の国々は異なる通貨、言語を持っていて、コンセントの形も違うけれど(笑)、旅をすればするほど、人間の考えは共通していることに気づくんだ。皆笑って過ごしたいし、学びたいし、家族をちゃんと養いたいと思うということをね。チャリティーの弱点は、人の善意、つまり寄付金に頼っているから、それがなくなってしまうと存続が難しい。格言で「(人を助けるには)魚を与えるのでなくて、釣る方法を教えるべし」という言葉があるんだが、要するにビジネスをよいことに役立てようという発想なんだ。高校時代にはラーンと2人でTシャツを作って販売したことがブランドの原点になった。ブランド名は“都市国家”という意味を持つギリシア語の“ポリス”に、“○○抜きで”という意味の“A(ア)”を足して、“国のない市民”または“地球市民”という意味を込めたんだ。

ラーン:僕はデザインが好きで、シェーは慈善事業に興味があって、お互いの得意分野を組み合わせたらいいんじゃないかと思ったんだ。「アポリス」のロゴはアメリカで“産業”を象徴するイーグル(鷲)だけど、このロゴを逆さから見ると“支援運動”という意味があるロウソクにも見える仕掛け。つまり、産業を通じて支援したい、事業をよいことに役立てたい、という思いを込めているんだ。

フェアトレードはビジネスを長期的に考える事が重要

WWD:看板アイテムのマーケットバッグの誕生秘話はあるか?

シェー:実は面白い話なんだ(笑)。ラーンが「すごくいいアイデアがあるんだ」と言ってきて、僕は最初「賛成できない」と却下したんだ。だって僕らはメンズウエアをやっているのに、女性向けの再利用可能なマーケットバッグを作る理由が見出せなかった。彼は「でもやりたいんだ」って僕が知らないところで勝手に進めてて、自分のお金をバングラデシュの女性協同組合に発注したんだ。

ラーン:最初は30~50個ぐらいのバッグを注文して、少量だったけれど、すぐに人気になった。初めは5人の女性にお願いしていたけれど、今や200人以上の女性が生産に携わっていているんだ。彼女たちにはフェアトレードによる賃金が支払われているし、利益配当や退職金制度もある。生産者の貧困の悪循環を断ち切るということは、もともとシェーが考えてきたものだった。またカリフォルニア州では使い捨てのレジ袋が禁止されたので、再利用可能なショッピングバッグで、しかもカスタマイズできるものに対するニーズはとても高かったんだ。それに、カスタマイズは地元の提携先を守ることにもつながっている。特に「地元で買い物をしよう」というムーブメントと結び付けることができたんだ。卸先のそれぞれの地域や都市名、国名が書かれている。それが旅先のいい記念になるということで、コレクターもいるぐらいなんだ。こういう日用品でニッチ市場を見つけることができればビジネスとして成立するという、いい見本になったと思う。

シェー:またビジネスを長期的に考えているということも成功の鍵だったと思う。雇用を生み出し続けるという点からこの仕事を1年で辞めるというようなことではなく、自分たちの子どもにつないでいきたいと考えている。卸先との提携を考えても、これは長期で考えるべき事業なんだ。バッグを作ってくれている女性たちの退職金を考えても、一過性のトレンドではなく長期的な事業である必要がある。女性たちの中には利益配当で土地を購入して家を建てた人もいれば、夫にトライシクルを買って夫も収入を得られるようになったという話もあるんだ。労働者に多額な投資をするのではなく、長期的な雇用を生み出すことでよりよい暮らしを労働者に提供できるはずだ。シーズンで変わっていく商品でもないから、値下げをしないことで卸先との信頼関係も強固になっている。

WWD:商品デザインは全てラーンが担当している?

ラーン:そうなんだけれど、実用的でシンプルにしたかったから、僕はほぼデザインをしていないね(笑)。デザインを “共通言語”として、現地サプライヤーの可能性を引き出すことができれば、ユニークな事業が成り立つと考えた。というのが「アポリス」の基盤にある。あと、生産のことを考えると複雑なデザインにはできなかった。事業として継続していくためにも、サプライヤーの手に負えないようなデザインにしないことが大事だね。

シェー:そういうことも考慮したデザインだということは、できる限り明確にしているよ。それが「アポリス」がBコーポレーション認証(環境や社会に配慮した事業活動を行っている企業に与えられる認証制度)を受けられた理由なんだ。これはフェアトレードやオーガニック認証のように、グローバルスタンダードとなりつつある。例えば「パタゴニア(PATAGONIA)」などもこのBコーポレーション認証を受けている。これはマーケティングだけでは認証されないので、僕らもあらためてしっかりやっていこうと身が引き締まるね。

WWD:世界中に雇用をつくるビジネスモデルは容易ではないはず。どのように進めてきたのか。

シェー:心が折れやすい人には向いていないと思う(笑)。発展途上国を支援するプロジェクトを軌道に乗せるのは、本当に大変だからね。エチオピアでは手織り布、イスラエルとパレスチナではサンダル、インドではテキスタイル、ペルーやウガンダではオーガニックコットンのプロジェクトなどを行っている。とてもゆっくりと忍耐強く事業を育てていった。看板アイテムになったマーケットバッグに注力するようになるまでは、あまり利益を上げられてなかったんだ。ファッション業界では、「あのブランドといえばこれだよね」という看板商品がない限り、無名も同然。女性向けのハンドバッグもラゲッジバッグもあるけれど、日常的に何でも入れられる買い物バッグみたいなものはないなと気づいたんだ。僕らの道のりは派手でグラマラスなものではないけれど、兄と一緒に育ててきた会社をとても誇りに思う。17年には米「フォーブス(FORBES)」誌に、僕らのファクトリーモデルがバングラデシュの未来を形づくるかもしれない、という記事が載ったんだ。大企業が少しでもいいからサプライチェーンを見直すきっかけとなるように自分たちの体験を広めていきたいと思っている。

ラーン:特にバングラデシュは悪いニュースが多くて、手を引いてしまう企業もある。2013年に起きたラナ・プラザビルの崩壊以降は特にね。バングラデシュには、ファッションに関するポジティブな話があまりなかったから、それを変えたい。

サステイナブルファッションへの一歩は、改善の余地があることを意識すること

WWD:今、世界的にサステイナブルな商品やビジネスを求められる時代だけれど、ファッション産業はまだまだ大量生産型で廃棄量も多い。これを打破するために、まず企業は何から始めればいいと思うか。

ラーン:ファッション業界は、石油業界に次いで環境に悪影響を与える業界だと考えられているので、従来とは違う考え方をしていく必要がある。テキスタイルや原料の調達、再生可能な素材など、開発はできなくても、せめて害を及ぼさないようにするにはどうすればいいのかと、業界が考えてくれるようになったらいいと思う。例えば、僕からするとフェアトレードは“害を及ぼさない最低限のライン”なんだ。自分が発注している工場が、いわば賃金を人質に取って労働者を脅しているようなところではないと知る意味でもね。でも現状は、その程度でもファッション業界ではかなり高い基準になってしまうんだ。だから、消費者もそういう意識を持つことが重要になってくる。「パタゴニア」はそうしたことを粛々と進めていて、さらに高い基準を自社で設けている。彼らのおかげでアウトドア用品業界は激変したし、その情熱は素晴らしい。「パタゴニア」はそうした面でもリーダーなんだ。ファッション業界はファストファッションなどのスピード感がどんどん増していく裏では、残念なことに労働環境や自然環境が犠牲になっている。僕にも正解は分からないけれど、改善の余地があるということを皆が意識することが大事で、いずれ改善策が見つかるといいと思う。

シェー:僕も伝えておきたいのは、僕らも全部分かっていないということ。日々学んでいる途中だし、理想とするゴールには程遠いんだ。ラーンのいう通り、先駆者である「パタゴニア」からは多くのことを学ばせてもらっていてとても感謝している。僕らの目的は「コミュニティーに貢献にすること」と「素晴らしい製品」の2つに尽きる。それができれば、ほかのこともついてくると思う。実はこの2つのことは見過ごされることが多い。今は、短期間でお金を稼ごうと思っている人が多いけど、時代の変化が速い現代ではブランドはあっという間に廃れていくもの。それに現代の消費者は“本物”であることを重視するので、オーセンティック(本物)ではないものに嫌悪感を示すんだ。だから、自分が得意なことをして、満ち足りていることが大事だと思う。自分らしくないことをしても、長くはもたないものだよ。

WWD:ビジネスについても教えてほしい。

シェー:現在は世界に2000軒以上の卸先があり、4年以上にわたって2ケタ成長を続けている。売上高の60%が卸で40%がECという感じで、ECも好調だ。健全な経営状態だと思う。

ラーン:マーケットバッグは60万個目を出荷したところだよ。ヨーロッパではホテルでの扱いもあるし、フランスの百貨店ル・ボン・マルシェ(LE BON MARCHE)でも販売されているね。また、ショップ以外にもイベントの記念品としての注文もあるんだ。14年にブラジル・リオデジャネイロで開催されたサッカーのワールドカップや、テニスの全米オープン、アメフトのスーパーボウルなど、大企業では、フェイスブック(Facebook)やグーグル(Google)、BMW、フェデックス(FedEx)もプロモーションとして使ってくれた。

WWD:三陽商会を日本のパートナーに選んだ理由は?

シェー:日本では卸売りでさまざまな百貨店やセレクトショップと取り組んできたが、日本におけるファッションビジネスはアメリカとは少し違うことに気が付いたんだ。「アポリス」が日本の消費者の心に響く商品であることは分かっていたけれど、いわゆる卸市場がずいぶん変わったこと。日本である程度の規模のビジネスをしようと思ったら、日本のパートナーと提携することが必要なんだ。いろんな企業と話をしたけれど、生産に関する素晴らしい歴史があるところは少ない。大企業はたいてい商社で、彼らは銀行みたいなものだよね。でも三陽商会はメーカーとして製品がどう作られているかにこだわり、“本物”であるものに投資している。日本で一番古いジャケット製造工場を所有しているしね。

ラーン:三陽商会チームは、いま日本で何が流行っているのかなどの情報をきめ細かくアップデートしてくれるので、それを考慮して製品を作ることができる。それは提携する上でとても重要なことだと思う。日本でいろんな人たちと仕事をしてきているが、三陽商会には生産の素晴らしい歴史があり、そうしたことにとても造詣が深いことに感銘を受けた。それはとても大事なことなんだ。「ビジネスをよいことに役立てる」というアイデアを包括的に理解してくれている。日本の関係者がとてもプロフェッショナルであることに本当に感謝している。

WWD:兄弟で会社を運営するメリットとデメリットは?

シェー:まずはデメリットから(笑)。一般的には、仕事上のパートナーが気に入らなかったら別れを考えることもできるけれど、僕らの場合はそうもいかない。両親に感謝していることとして、僕らが幼い頃から「相手に対して怒ったままベッドに行くな(その日のうちに解決すべし)」と教えてくれたことがある。だから、怒りを次の日に持ち越さないことを大事にしているね。もちろん、ある程度の緊張感は必要だ。緊張感がないと、誰かに気に入ってもらえるようなものは作れない。相手の言うこと全てに賛成していたら、とても平凡でつまらないものができてしまうからね。

ラーン:僕らは正反対なんだ。シェーが言う緊張感というのは、僕らが異なる視点を持っているところから生まれるもの。仕事上で他人がどういう意図で話しているのか、こちらの最善の案をどう考えてくれているのか分からなくなることってあると思う。でも僕らは家族だから、相手にとっての最善策を考えるのがごく自然なことなんだ。仕事上の関係につきものの不安感や隠し事がなくて、手の内を完全に見せ合ってやるポーカーゲームみたいな感じだね。

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