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決戦は4月30日。一番好きなあの子に会いに行く

  • 2019.5.27
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いつも叱られてばかりだけれど、結局は、あの人といるわたしが一番自由だ――。中前結花さんが、過去のヒット曲になぞらえていつかの思い出を語る連載エッセイ。DREAMS COME TRUEの「決戦は金曜日」にのせて、平成の終わりを一緒に過ごしたある人のことを綴ります。

あなたといる時の自分が一番好き
探してた答えは易しい照れくさいその手はあたたかい

――DREAMS COME TRUE「決戦は金曜日」

「また叱られる……」

平成も残り3日、どこか大晦日のようなムードが漂う4月の終わり、わたしは高熱にうなされていた。

39度を越えて、もう2日になる。解熱剤の類を切らしているけれど、外に出る気力も体力もない。調理をせずに口にできる食料はもう尽きていた。

稀にこうして訪れる体調不良は、気楽で快適な「わたしだけの城」で起こる唯一の問題で、なによりも憎い相手だった。
歓迎もしないのに、今回はずいぶんと長居している。

ひとり暮らしをはじめてもう9年が経った。
途中すこしの間、「ふたり」になった気もしたけれど、ペアの持ちものだってみんな捨ててしまったし、過ぎたことはすっかり忘れてしまった。
たまにこうして体調を損なって苦しむことの他には、なんの不満もない暮らしだ。

恐る恐るメッセージを送る。
「熱で寝込んでる……」
相手は付き合いの長い友人だった。

「何度?」
「39.4」
「いつから?」
「3日前の夜から徐々に」
「治るの?」
「治します……」

だめだ、もう怒っている。熱の高さも手伝って、頭がくらくらとした。
暗闇で光る携帯電話の液晶から、彼女の呆れたため息が溢れ出てくるような気さえする。

旅行に誘ったのはわたしの方だった。

いかにも乗り気でない彼女に、豪華な食事の写真を散々送りつけ、
「平成最後の旅をしよう」
「一緒に時代を跨ごう」
と熱心に口説きつづけた。わたしの熱意によるものか、はたまたウニが乗った寿司の写真が効果覿面だったのかはわからないけれど、とにかく彼女はしぶしぶ承知した。

「キャンセルは?」
と聞かれるので、
「それはしない。今日中に治すから……」
と答える。

どこも混み合うゴールデンウィーク。ようやく彼女が旅行を承知してくれたころには、どんなホテルも旅館も埋まっていて、キャンセル待ちをしながら、ようやく名古屋の大浴場付きのホテルの予約を取り付けた。

彼女の住む大阪と、わたしの住む東京のちょうど真ん中だ。

もっとも、大型連休と言っても彼女の方はそのほとんどが勤務日で、新元号を迎える夜、大阪で接客業の仕事を終えたあと、新幹線で名古屋まで駆けつけてもらう。
そのハードなスケジュールが、彼女の気を重たくさせている原因でもあった。

だけど、無理をさせたって、わたしにはどうしても旅行に行きたい理由があったのだ。

ようやく頭痛と腹痛がすこし和らいできたころ、何日かぶりにリモコンを手元にたぐり寄せてテレビをつけると、どの局も平成を振り返る情報番組や音楽番組を放送していた。

ぐるりとチャンネルを一周していると、吉田美和が「LOVE LOVE LOVE」を歌っていたので手を止める。20年ほど前の映像だ。

物心がついたころから、もちろんDREAMS COME TRUEのことは知っていたけれど、はじめてしっかりと聞いたのは大学生時代、就職活動をしているときだった。

マスコミ就職を目指していたわたしは、毎週末大阪と東京の間を夜行バスに揺られながら移動した。
繰り返すうち、何気なく聞いていた古いドリカムのベストアルバムを移動中のおともにすると面接がうまくいく、というジンクスが自分の中で生まれ、わたしはますます夢中で聞いた。

中でも「決戦は金曜日」は、真夜中のバスで感じるどこかものさびしいような独特の不安を、ほんのすこし打ち消してくれる。
イントロが心地よくて、ラストのサビの歌詞はこうだ。

近づいてくふくれた地下鉄でもうすぐ乗り込む
-ダイジョウブ-3回手の平になぞって飲み込む
近づいてく近づいてく押し出される
近づいてく近づいてく決戦の金曜日

――DREAMS COME TRUE「決戦は金曜日」

そういえば、夜行バスの中からも、わたしは彼女によくメールを送ったっけ。

このころ、わたしは就職活動や自分の将来に一生懸命だったけれど、ひとつだけ気にかかることがあったのだ。

「がんばろうよ」
「せやなあ」

同じマスコミ志望生として学んでいたけれど、彼女の方は就職活動にどこか身が入らないようで、ことあるごとに「諦めようかなあ」と言っていた。

憧れの東京、憧れのテレビ局やIT企業に訪問できる毎日の決戦をたのしんでいたわたしには、それが不思議であったし、「どうするのかしら」と心配だった。
就職活動は、真面目な彼女の心を傷つけたらしかった。

思えば、出会ったときから、わたしと彼女は対照的で、どうして飽きるほど一緒にいるのか、自分たちでも本当によくわからない。

大学に入学してすぐ、はじめて研究チームの授業で一緒になったとき、教授からひとりずつ前に立って自己紹介をするよう求められた。

わたしは、
「将来は、ペンネームをつけるような仕事がしたいです。“中前(なかまえ)”って苗字は、“中”なんだか“前”なんだかはっきりしなくて、あまり気に入っていないから」
と話したせいで、教授もクラスメイトもすぐに名前を覚えてくれた。

一方、彼女の自己紹介はあまりにも声が小さくて「人見知りなんだろうな」ということ以外は、苗字すらよくわからなかった。

他のクラスで一緒になったときも、自己紹介カードに、わたしがはみ出るほどイラストを書いている間、彼女は「よろしくお願いします」とだけ書いて、回収間際に隣の席のわたしのカードを盗み見て、「しまった!」というように、「よろしくお願いします☆」と小さな星を付け足していた。

とにかく真面目で慎重で、「なんだかおもしろいな」と思った。
「ねえ」とはじめて声をかけたときは、ぎょっと警戒した顔でこちらをまじまじと見つめていた。

仲良くなると、その丁寧さ、マメさにも驚かされた。
ノートはすべてきっちりととるし、いつも次の授業を把握している。約束ごとは必ず守るから、みんなからも信頼された。
わたしはそんな彼女に毎日のように叱られるようになる。

「遅刻が多い」
「忘れものばかりする」
「話している最中に居眠りをするな」
「なんでもすぐに信じてはいけない」
「どうして、そんなに無駄遣いが多いのか」

堅実で何をするにも慎重な彼女からすれば、わたしはあまりにも注意力に欠けた「ちゃらんぽらん」だったのだろう。
同じような日記帳を「気に入ったから」とふたつ買うと、「人生も体もひとつしかない!」と注意され、もっともだと思った。

大学時代のほとんどを彼女と過ごしたけれど、「東京で就職するね」と言うと、返事は「そう」「もし遊びに行ったら泊めて」というあっさりとしたものだった。
なんだか冷たいなあと思ったけれど、彼女らしいとも思った。

彼女は地元で販売業に就くと言う。

いよいよ日にちが迫っても、引っ越しの準備をなかなか進めないわたしに「いつもそうだ」「そんなことではいけない」と散々苦言を呈しながら手伝ってくれた。

そしていざ上京する朝、ホームまで友人らと一緒に送りに来てくれたとき、新幹線に乗り込む直前に彼女が急に泣き出しそうな顔をしたのを見て、わたしは大声を張り上げて泣いた。
しかし、「よかった、わたしと同じぐらいちゃんとさみしいんだ!」と内心はとてもとても満足だった。

わたしは、彼女と過ごす時間をすごくすごく気に入っていたのだ。

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東京に出てきてからも相変わらず連絡を取り続けたし、関西に帰ったり、東京の部屋に招いたりしては、互いの近況やテレビ番組について熱く語ったりした。
仕事の愚痴も話せば、恋の話もした。

医師から、母はもう残り数カ月も生きられないのだ、と聞かされたときも、わたしは廊下で泣きながら真っ先に彼女に電話した。
「そうか……」としばらく黙ったあと、「どこに行けばいい? 何をすればいい?」と泣きながら聞いてくれた。
彼女の存在が心からありがたかった。

だけど。
彼女はそれ以来、わたしを叱らなくなってしまった。

「アベンジャーズのフィギュアを集めようかなあ」と話しても「部屋に並べたら、心強くていいんちゃう?」と、らしくないことを言った。
てっきり、掃除も苦手なのに無駄遣いするなと叱られると思ったのに。ヒーローは横暴だから嫌いだ、と言っていたはずだ。

勤めていた会社を1年で「辞めようかと思う」と話したときには、「いいと思う、人生も体もひとつだから……」というような返事が返ってくるものだから、なんだか調子が狂ってしまう。

きっと、彼女にとって長年「失敗が多いのに、ちっとも気にしないぼんやりとした友人」であったわたしが、「辛いのに、ちっとも気にしないふりをしている可哀想な友人」に変わってしまったのだと思う。
なんだか徐々に心地が悪くなっていくのがわかり、わたしは離れ離れになるときよりもさみしかった。

ただひとつだけ「一緒に暮らすのは、よしたほうがいい」という注意はくれた。当時付き合っていた彼のことだ。

これまで好きになった、「物静かで、こつこつとひたむきな男性」たちとは違い、無邪気でなんだか危なっかしい人だった。

意気消沈していたわたしにとって、照れもせず「きみが必要だ」と毎日愛の言葉をくれ、「わたしがしっかりしなくっちゃ」と思わせてくれる彼は、どこか日々を生きていく支えになっていたのだった。

「よしたほうがいい」と言われながらも、結局は暮らしを共にして、お金のこと、家族のこと、毎日のように心配ごとを持ち帰ってくる彼のことで、わたしは頭がいっぱいになっていった。いつしか、誰よりもしっかりとしていないわたしが「しっかりして!」と目に涙を溜めながら、怒ってばかりいるようになった。

心が擦り減り、その屑がお腹の近くで沈殿していくようで、どんどんと「やさしくない人」になっていくのが自分でもわかった。

ようやくその暮らしを解消する気にさせてくれたのは、久々に彼女が落としてくれたカミナリだった。
電話越しにとうとうと説教をされる。

「あんたが人を叱ったりしてはいけない。いつも叱られるほど自由でいるべきだ。我慢なんてよくない。人生と体はひとつしかないのだ」

「だけど、一番辛いときに支えてくれた。想ってくれている」
と受話器越しに泣きながら話すと、
「わたしのほうが想っている。あのとき、あんたが一番に電話を掛けてきたのはわたしやった!」
と大きな声で怒った。
「……わかってる、そうだったんだよ」

本当は全部わかっていた。
今の暮らしの悲しさも、わたしが誰を一番信用していて、誰が一番想ってくれているのかも。

全部全部わかっていることこそが苦しくて、それでもどこか意地になっていた。

かたい結び目がほろほろと解けるように、「ああ、わたしはなにをしてるんだ」とうなだれた。だけど、お腹の底で沈殿していた嫌なものが沸々と熱く煮えて、涙や鼻水になってようやく体から流れ出ていくような心地がして、わたしはようやくわたしに戻った気がした。

あれから3年以上の月日が経つ。

***

気が多い私なりにまわって来た道
ひとり悔やむ週末にもうのみこまれない

――DREAMS COME TRUE「決戦は金曜日」

名古屋を目指し、新大阪行きの新幹線に飛び乗った。
病院では「急性胃腸炎」だと診断され、もう峠をずいぶん超えていると言われたとおりで、熱も腹痛も次第におさまった。

案の定、チケットの購入に手間取って、約束よりも1本遅い列車に乗ってしまったために、ずいぶん早く到着しそうな彼女はすでに怒りはじめている。

そわそわとしながら、列車の中、久々にドリカムのアルバムを聞いた。もう数時間で平成が終わると思うと不思議な気分だ。なんとなく、過去を振り返りたくなる。
しかしそこで、はたと思う。

金曜日になんの決戦があるんだろう?

そして、よくよく聞いて理解する。
すっかり就職活動となぞらえてしまっていたけれど、これはそんな類の戦いではなくて、いちばん好きな人に会いに行く歌なんだ。

名古屋から列車を乗り換えて、ようやくホテルにたどり着く。
ロビーを見回していると「遅い!! 」と声をかけられたけど、打ち消すように早口で言った。

「遅くなってごめん、誕生日おめでとう!」

彼女は、ハハッと恥ずかしそう笑ったあと、あまり人前で言うな、と言うように口元で「しーっ」とポーズをとりながら、
「ありがとう」
と言った。

わたしは平成最後の彼女の誕生日をどうしても祝いたかった。

ホテルのレストランでずいぶん前から贈ろうと用意していたプレゼントを渡し、板前さんがその場で握ってくれたウニのたくさん乗った寿司や、鉄板で焼かれるステーキを存分にたのしんだ。久々の食事に、病み上がりのわたしのお腹は悲鳴をあげていたけれど。

「なまものは、やめといたら?」
「平気平気。お腹も喜ぶと思う」

相変わらず無茶苦茶だ、と叱られながら、わたしはこの人といるときがいちばん自由だ、と感じた。

食事も温泉もすっかり済ませてしまったあと、それぞれのベッドの上で足をあげるストレッチをしながら近況を話した。
最近出かけたデートの話をすると、「見る目がないな」と大笑いされた。

何気なくつけていたテレビでは、タモさんが何やら合図をして、いよいよカウントダウンがはじまる。

「平成終わるんかあ」
「そうやなあ」
ふたりとも何食わぬ顔で寝転んだままストレッチを続けている。

ところが、ついに「3、2、.…..」となったところで、堪らず興奮して立ち上がると、向こうも負けじとベッドの上で立ち上がっていた。

「1!」となったころ、よくわからないけれどふたりで思いっきりマットレスを蹴って「わああ!」と叫びながら大きくジャンプした。

天井を触ったあと、すぐに寝そべって大笑いしながら転がると、勢いよくいろんなところに体をぶつける。痛くて、苦しくて、息が切れて、うれしかった。

ついに平成も終わってしまったというのに、わたしたちは、まだまだこんなに大人気ない。

新たな元号を空中で迎えたせいか、ふわりと何かを大きく飛び越えたような感覚さえあった。
出会った10代のままのふたりがホテルの一室でいつまでもケラケラと笑いあっていた。

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Photo/ぽんず(@yuriponzuu)

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