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うつわディクショナリー#49 古物のような佇まい、広瀬陽さんの七宝のうつわ

  • 2019.5.8
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さまざまな白、七宝焼のこれから

アクセサリーや壺など高貴な調度品に用いられてきた七宝焼を日常のうつわに取り入れるという時に、作家の広瀬陽さんが選んだのは、絢爛豪華な色ではなく、白一色でした。しかしその白には、何十色で彩る従来の七宝よりも多いのではないかと思うほど、多種類の白色を感じることができます。

 

—広瀬さんは、金属にガラス質の釉薬を焼きつける七宝でうつわを作りますが、職人ではなく作家としてこの技法を用いる人は珍しいですね。

広瀬:僕は職人として働いた経験はなく、七宝焼には、工芸高校の授業で出会いました。金属を使ってものを作ることにはその頃から興味があって、卒業制作も「有線七宝」という、金属線の内側を色の釉薬で埋めて焼きつける伝統的な七宝で作りました。雷鳥をモチーフに、銀と白、茶色だけで色づけしたオブジェでしたね。

 

—それで七宝にのめり込んだのですか?

広瀬:進学した美大でも金属を専攻しましたが、七宝はやりませんでした。それよりも現代美術的な作品制作をしていて、卒業後も全国各地の芸術祭で発表を続けていました。アーティストとして食べていくのは難しかったのですが、いつも、作ったり表現することで生きて行くにはどうしたらいいかと考えていました。そんな時に、自分がいいと思うものの根本は何なのだろうと振り返ってみたんです。そうしたら、ふと七宝が浮かんで。

 

—七宝といっても、アクセサリーやオブジェではなく“うつわ”だったのはなぜ?

広瀬:この数年で、日常のうつわが改めて見直されている気がしたんです。暮らしのうつわとか、生活工芸という言葉を聞いたり、読んだりすることも多く、毎日の生活の道具であるうつわへの意識が高まっているのを感じていました。そこで、日常のうつわを非日常的な七宝の技法で作ったらどうだろうと、高校時代の記憶を呼び起こしてみたんです。

 

—それは、どんな記憶だったんですか?

広瀬:伝統的な七宝焼は、色にあふれた豪華なものですが、実は、色をのせる前に一面に白い釉薬をかけるんです。茶色の銅に直接色をのせてもそのとおりには発色しないため、白い下地を作るイメージですね。これは工程のひとつにすぎないのですが、僕は、その白をいつも綺麗だと思っていました。この白は、ガラスの粉をふりかけて焼きつけることで生まれますが、粉のかけ方にムラがあると、厚みが不揃いになったり、白の濃淡が生まれるんです。これは失敗なわけですが、それをありとすることで生まれる美しいものもあるような気がしていました。

 

—それは、ありのままの美しさや心地よさを味わう日々の暮らしというものにも通じますね。

広瀬:僕のうつわは、不揃いであったり、経年変化を楽しむことなど、物事の本質に人の意識が向かっている現代だからこそ、できたものなのかもしれないですね。

 

—とはいえ、お皿のリムの幅であったり、オーバルの縦長なフォルムには、生活者というよりも美術家としてのこだわりが感じられますが。

広瀬:確かに、かたちは、個人的にいいと思うフォルムにこだわっていますね。とくにお皿は、コンピューター上で3Dの図面をひくため、0.0何ミリの精度で理想のかたちを導き出すことができるんです。全方向からの見え方を入念にチェックして描きます。その図面から数値を割り出し、自動切削機というマシンで木型を削りだしたら、そこから先は手仕事の領域です。木型に銅の板をあてて成形したのち、釉薬をかけて焼き付けます。鉢物など深さのあるうつわは、鍛金(たんきん)の絞りの技法(金属板を金づちで打ちのめしながら成形すること)でかたちづくります。

 

—精密な図面と手仕事を織り交ぜる意図は?

広瀬:工業製品のように完璧なものでもなく、手作業の温もりだけでもなく、プロダクトと手仕事のあいだにある「精度を求めて作っているけれど、揺らぎのあるもの」が好きなんです。いまの時代にひとりの作家のうつわを買うということは、いい意味で、その人のブランドを買うようなものなのかなと。機能を求めるならプロダクトでことが足りるはずなのに、人は、作り手が見えるものを欲しくなるんですよね。そして、ブランドというのは、思考を売るものづくりだと思うんです。七宝は、材料が高価なので決して安いものではないですが、僕がなぜ、プロダクトと手仕事のあいだを選ぶのかを感じてもらえるようなものを作ることが大切だなと思っています。それを生活の中で感じながら長く使ってもらえたら嬉しいですね。

 

※2019年5月18日〜22日まで、横浜の「nusumigui studio」にて「hiroseyounusumiguiexhibition」を開催予定です。

 

今日のうつわ用語【七宝焼・しっぽうやき】

金、銀、銅などの金属の表面にガラス質の釉薬を焼き付ける工芸技法。多彩な色を用いる有線七宝、銀彩七宝などがある。古代メソポタミア時や古代エジプトから中国などに広まり、日本には正倉院の宝物にも見られるほど古くから伝わった。江戸〜明治期には、ヨーロッパの技法も取り入れて研究が進み、絢爛豪華で精巧なものが作られたことから、海外への輸出も盛んに。現代でも、アクセサリーや花器、仏具などに用いられている。

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