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「劣等感を、感じるんだよね」

  • 2019.5.6
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10連休のリレーエッセイ企画「忘れ得ぬあの人の言葉」。かつて好きだった人から受け取った、忘れられない言葉の想い出を振り返ります。今宵は、自分のやりたいことに向かって突き進むさなか、当時夫だった人から言われた言葉。ライター・編集者 伊佐知美さんの寄稿です。

■二子玉川の夜、「夫」だった「あなた」のひとこと

「劣等感を、感じるんだよね」

3年前。もうすぐ夏が終わりそうな、生暖かい風と涼しい空気が混じった、夜になりかけの夕焼け。

二子玉川ライズショッピングセンターの二階のテラス。人工芝が、狭く、けれど美しく並んだ散歩道の途中、端っこの手すりに体重を預けてしまおうと傾きかけた私に、少し距離を置いて「あなた」は言った。

「劣等感、を」。と私は小さな声で繰り返す。それなりに名の知れた大きな企業で働く彼。この夜も、いつもと同じように、質のよい濃いグレーのストライプのスーツに身を包み、「僕は安定した仕事に就いている」と暗に主張する(というように私には見えた)。

「あなた」は、そのときはまだ、5年以上連れ添った私の「夫」だった。けれど、程なくして私たちは別れる。口頭ではなく、正式な区役所への書類の提出を通して。

その紙っぺらの名前は「離婚届」だった。提出したときはとくに何の感慨もなく、ただ「数年前に出した『婚姻届』によく似てる」とだけ思った。薄い1枚の白い紙。私たちをつないだり、離したりするもの。

古いけれど、大好きな映画のひとつに『プラダを着た悪魔』がある。上司の指示に必死に食らいついていこうとする主人公「アンドレア」の成長と変化の気配を察知して、同僚の「ナイジェル」は、ランチついでにこともなげにアンドレアに告げる。

Let me know when your whole life goes up in smoke. That means it’s time for a promotion.(プライベートが崩れてきたら、昇進の合図だよ)

信じたくなかった。仕事がうまくいく合図が、プライベートの崩壊の始まりだなんて(一体いつの時代の話だよ。Yes, It was in 平成.)。

けれどそれはまさに、そのとき私が体験した「事実」だった。

■「応援してる」の陰に隠れた本音は

彼は、一体どうして、私の何に劣等感なんて抱いたのか? 多分、あれは彼が必死で絞り出してくれた、心の奥底にある最後の本音だったんだと思う。

それまでにも私たちはさまざまな話し合いをしたけれど、彼の心の芯みたいなものには触れられなかったし、私も深いところにあるドロドロとした感情(つまり、愛の存続を疑っているような気持ちについて)は簡単には伝えられなかったし、またどうせ理解してもらえないから、伝えたくないとも思っていた。

時に、人生で一番大切で愛している(た)人との話し合いというのは、ものすごく難しい。

大学時代に出会って3年以上「親友」をして、「付き合う」という約束を交わして、24歳で「結婚」を決めて30歳で「離婚」した私たち。ふたりの関係性の名前がくるくると変わってゆく中、27歳くらいまでは私も「きっといつかパパ・ママなんて呼び合う関係性に変わるんだろう」と、平和に想像してた。

きっかけは27歳。「専業主婦」で「いつかの未来は海外で駐在妻希望」だった私が一念発起。会社を辞めて、SNSで顔と名前を公開して自分の仕事を胸張って持ち、フリーランスの「ライター」「編集者」として家の外に出てゆく過程。

「家庭より広い世界を見たい」。そう願って、実際に行動に移していく「妻」の横顔を、彼はどう見ていたんだろう?

今ならわかる。震えるほど想像できる。「俺が知美の一番の理解者」と、まるで自分に言い聞かせるように口にし続ける一方で、「さみしい」といつしか彼は言わなくなった。「応援してる」という言葉の陰に隠れた「置いてかないで」「変わらないで」「変わってもいいから、俺のことは忘れないで」を、きっと私はずっと聞き逃した。

否、本当はそのSOSに気がついていたはずなのに。

気がつかないフリをした。「自立した未来」の方が、欲しかったから。

「一番の理解者」という言葉はそのうち空虚になって、言っているほうも言われているほうも、「本当に互いが一番の理解者か?」と疑問を抱いてゆく。

「劣等感」の一歩手前で、彼は「夫より、一ファンになった方が心が楽」とそういえばポツリと言った。

■愛している人だからこそ、言葉を尽くさなければ

「劣等感を、感じるんだよね」

その後に続く言葉は、「フリーランスだからって、会社員を見下してない?」だった。

そんなことない。そんなことない、と信じたいけど、自分を取り巻く環境が変わる中で、ずっと固定されていた価値観が動き出していたのもまた事実だった。「終身雇用は、以後の世の中において絶対ではなくなるはずだ」。

私たちは、同じではいられない。年齢を重ねて環境が変わって、世界が前に進んでいく中で、たまに取り残したり取り残されたりしながら、それでもやっぱり進化や退化してゆく部分があるのが、人生だ。

では、その価値観が変わる時間軸の中において、私たちはパートナーシップをどう考えてゆくべきか? 怠れば錆びついてしまう関係性の修復方法を私はまだ知らなかったし、正直に言えば「あの頃は途中で諦めていた」部分があることを認めざるを得ない。

「だって、言っても理解してくれないでしょう?」

今ならわかる。愛した人には、いいえ、愛している人だからこそ、一番言葉を尽くして話して伝えることをしなければ、「わかり合い続ける」なんてできっこない。

心の底から欲しくてたまらないものが手に入らないことよりも、心の底から大切で愛していると感じていたものが、そうでなくなってしまう虚しさよ。多分それは、この世界最大のやり切れなさのひとつだ。

「劣等感を、感じるんだよね」

誰かに恋心を抱きそうになるたびに、今もどうしても思い出してしまう、夕暮れに消えたあのときの言葉。それは今も、時折ズキリと痛む癒えない生傷。

だって、あれは「働く私」や「これからも仕事を持ち続けたい私」に対して。もっと言えば「夢を追う自分」を暗に肯定していたかった私に、「自分勝手だ」と事実を突きつけ、その上で「君は一体、愛と仕事のどちらを大事にしたいの?」と、古典的な問いをぶつける行為のように感じられてしまったから。

それは、あのときの私を奈落の底に落とすには十分で、かつ人生を分かつ決心をさせるにも、十二分な響きを持つ言葉だった。

今はもう少しだけ大人になって、同じ箇所を「劣等感」と評する人もいれば、「尊敬する」と温めてくれる人が存在することも、理解している。できれば今度は、もっと上手で綺麗な愛し方を、愛され方を。

切ない思い出は平成に閉じ込めて。でも閉じ込めたりしていいのかなぁ、と反省をしたりもしながら。互いに人生を分けた日とそこに横たわっていた言葉を、私は心の奥底にまだ捨てられずに持っている。

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