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“ある夫婦の話”にみる時代性 注目の芥川賞候補作が訴えるもの

  • 2019.3.5
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今じわじわと人気を高めてる作家、高山羽根子さん。芥川賞候補にもなった『居た場所』について、お話を伺いました。

移ろいゆく、かつての場所へ。旅と記憶が組み重なる芥川賞候補作。

『居た場所』は、記憶を辿る旅に出た、ある夫婦の話だ。

「自分が通過してきた場所に戻る旅、というイメージがありました。はじめて一人暮らしをした場所、自分が“個”となった場所に行ってみるという体験は私もしたと思う。ただ今回は、通過した本人ではなく、その人の片割れとなった人が、自分の記憶にはない場所を行く旅です」

〈私〉が生まれ育った町に来た介護の実技実習留学生・小翠(シャオツイ)は小さな島の出身。〈私〉と結婚後、彼女は以前一人で住んでいた海沿いの街へ行きたがり、二人は旅に出る。そこはアジアのどこかを彷彿させる街。

「自分がこれまでに旅してきた場所をコラージュしたような街ですね。一見、身近な場所のようだけど、看板の文字は見慣れないし、言葉が違って意思疎通ができない。そんな雰囲気が出せたらと思いました」

小翠が住んでいた地区はネットの地図ではボカシが入っており、彼女はやがて、地図を作ろうとするが…。

「私自身、美術の勉強をしてきたのに地図が描けないんです(笑)。目の前のものはデッサンできるのに、知っている場所でも地図を描こうとすると曖昧になってしまう」

古い地図と今の地図、昔の記憶と現在…幾層にも重なったそれらが厚みを作る。その様子は著者の中で立体的に再現されているようで、

「不自由なレイヤーの中を進むと、建物の吹き抜けのようにスコーンと抜けた場所がある。スカッと見通せる瞬間があって、今見えたのはなんだったんだろうと思いながら元に戻って書く感じですね」

微生物、外来生物、謎の壺と液体の思い出、ミイラ…。説明の多すぎない文章世界に触れて、読み手の中でさまざまな空想が生まれるはず。

「行間を読ませようとしているつもりはないんです。いろんな要素を拾ってレゴのように組み立てられるようにしたかった。出来上がったものが人によって違っていいし、同じ人でも読む度に違うものができてもいい。自由度を保っていたいんです」

それでも意識しているのは、

「その時代の社会性、共時性はつねに入れているつもりです。今の時代の人たちが対面しているものを書いておきたいんです」

『居た場所』 家業を継ぐ〈私〉は、異国出身の小翠と出会い結婚。彼女が以前住んでいた街を再訪したいと言うのでネットで調べると、その場所はぼやけていて…。他2編収録。河出書房新社 1400円

たかやま・はねこ 作家。1975年生まれ。2009年「うどん キツネつきの」で創元SF短編賞佳作を受賞。‘14年、同タイトルの短編集を刊行。‘16年「太陽の側の島」で林芙美子文学賞受賞。

※『anan』2019年3月6日号より。写真・土佐麻理子(高山さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世

(by anan編集部)

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