幼い日の横山剣が惚れたプレイガール 應蘭芳のエキゾティックな色気

東洋一のサウンドマシーン、クレイジーケンバンドを率いる横山剣さん。その常人を超えた旺盛なクリエイティヴィティにインスピレーションを与える源泉のひとつが、魅力的な女性たちの存在です。これまでの人生で恋し憧れてきた、古今東西の素敵な女性について熱く語ります!


#008 應蘭芳

『幻の名盤解放歌集 ビクター編 渚の歓喜(エクスタシー)』のジャケットを飾る應蘭芳。このコンピレーションに収められた彼女のレパートリーは、表題曲の他、「火遊びのブルース」「痛い痛い痛いのよ」「背中のほくろ」「青い靴のブルース」という計5曲。

應蘭芳(おう らんふぁん)

1938年英国ロンドン生まれ。父はイギリス国籍の中国人で、母は日本人。生後間もなく満洲に移住。戦後、母親と2人で日本に渡る。58年、第5期東映ニューフェイスに合格し、東映に入社。その後、俳優座養成所にも入所を果たす。59年、三瀬滋子という芸名で映画『素晴らしき娘たち』などに出演。66年にはTVドラマ「マグマ大使」に主人公の妻・モル役を演じる。69年からはドラマ「プレイガール」に初代メンバーとして出演。その傍ら、歌手としても活動。「火遊びのブルース」「痛い痛い痛いのよ」などのシングルをリリースした。

「マグマ大使」が最初の衝撃だった

小学校に入るか入らないかの頃、僕が夢中になって観ていた特撮番組のひとつが「マグマ大使」。

1966年から翌年にかけて放送された、手塚治虫原作のこのSFドラマを観ているうち、主人公のロケット人間・マグマ大使の奥さんである「モル」というキャラクターにだんだん惹かれていきました。

子ども心にも、エキゾティックな美しさを湛えた、スペシャル感を帯びた女性であることが分かった。

自分の母親の年齢とそんなに変わらないんだけど、ちょっときれいな、友達のお母さんにときめいちゃうような感じが、たまらなかったんですよね。

このモルに扮していた女優の名前が、三瀬滋子。

「マグマ大使」の次に、彼女が鮮烈な印象を刻みつけたのは、「プレイガール」というドラマでのことでした。

この時点では、すでに應蘭芳(おう・らんふぁん)という芸名に変わっていました。

69年から始まった「プレイガール」は、あまりにも大きな影響をクレイジーケンバンドに与えた作品です。

「国際秘密保険調査員」なる肩書を持つ女性たちが、お色気たっぷりのアクションを繰り広げる。

沢たまきさん、桑原幸子さんといった不動のレギュラーとは違い、應蘭芳さんは準レギュラー的な立ち位置で、たまにしか登場しない。だから、彼女が出演する回を観られた時は、何だか得をした気がしたものです。

この名前からも想像がつくでしょうが、彼女は、お父さんが中国系英国人で、お母さんが日本人。まさにインターナショナル・プレイガール。

陸海空すべてを制覇する女性?

應蘭芳の全シングルを収めたベスト盤『歓喜歌謡完全版』は2006年にリリースされた。シングル曲に加え、鈴木庸一とラテン・カンパニオンのLP『ピンク・ムード・デラックス第3集』に彼女が吹き込んだお色気たっぷりのナレーションなども収録。

僕が子どもの頃、有楽町や西銀座、新橋あたりには、華僑の人たちが経営する中華料理店やテーラーが多かったんです。

そこで目にする華人マダムたちには、横浜中華街なら当たり前に出会う中国人女性たちとは一風違う雰囲気がありました

チャイナドレスが似合うんです。ジュディ・オングさんみたいなエレガンスを感じる。

無尽とかやって、資金を融通し合ってるんじゃないかと想像しました。無尽というのがどういうシステムなのか、いまだによく分からないんですけど(笑)。

華僑のネットワークは世界中に広がっているから、店の奥の個室で、麻雀にでも興じながら何か国際的に大きな話が繰り広げられているんだろうなというスパイ映画的な妄想も抱いたりしましたね。電話一本で複雑な問題が解決しちゃうんじゃないかとか(笑)。

僕の母親曰く、「この應蘭芳という人は、女優でレーサーで、スカイダイビングもやればスキンダイビングもやる。陸海空すべてを制覇している女性なんだよ」。カッコいいなと感心しました。

リアルタイムでは知りませんでしたが、その頃、日本テレビの深夜番組「11PM」ではホステス役も務めていたそう。

大橋巨泉さんが司会を務めていた当時の「11PM」は、釣りやゴルフ、麻雀などを積極的に取り上げていました。

應蘭芳さんは、アクティビティではなく、レジャーという言葉が使われていた時代を象徴する女性だと思います。

「11PM」だったかどうか定かではありませんが、何かの番組で、彼女が芦ノ湖かどこかでジェットスキーを乗りこなす姿を披露していたのも覚えています。

何でも、現在の彼女は、日本落下傘スポーツ連盟の理事長を務めているんだとか。

愛車は黄色いベレット1600GT

クレイジーケンバンドのセカンドアルバム『goldfish bowl』。その名もずばり「OH! LANGFANG」というナンバーが収録されている。

97年ぐらいかな、僕は建築に興味があったから、三田にあった、友達が住んでいたとあるヴィンテージマンションを見に行ったことがあるんです。もうすぐ取り壊されるというから、今のうちに見ておかなきゃいけないと思って。

その途中、伊皿子坂を歩いていたら、應蘭芳さんが歩いているのを見かけた。もう50代後半を迎えていたかと思いますが、すぐに彼女だと分かりました。おきれいでしたね。

ただ、時間もないし、勇気もないし、声をかけることはできなかったんですけど……。

クレイジーバンドが99年にリリースした『goldfish bowl』というセカンドアルバムには、應蘭芳さんをモチーフとした「OH! LANGFANG」という楽曲が収められています。

妄想だけで描いたその歌詞のヒロインは、いすゞの黄色いベレット1600GTで元町あたりを飛ばしているという設定だったんですが、何と、この曲を聴いたという應蘭芳さんから、僕の事務所にファクスが送られてきた。それを読んだ時は、心底驚きました。

何でも、應蘭芳さんは本当に黄色いベレGに乗っていたことがあるというんです。しかも、元町あたりを流していたという。自分の仮説が正しかったことが奇しくも証明されてしまった。

その後、当時クレイジーケンバンドが所属していたレーベルであるPヴァインから、歌手として吹き込んだ應蘭芳さんの音源が復刻されることになります。

実をいうと、僕は寡聞にして、このリイシューまでこれらの楽曲の存在を知ることがありませんでした。

「渚の歓喜」「痛い痛い痛いのよ」といった曲名からも分かる通り、68年から71年にかけてリリースされた彼女のシングルからは、隠そうとしても隠すことなどできないお色気があふれ出しています。

應蘭芳さんは、掘っても掘っても掘り尽くせない魅力の宝庫なんですよね。知れば知るほど、好きになってしまいます。

横山剣 (よこやま けん)

1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
●クレイジーケンバンド公式サイト http://www.crazykenband.com/

構成=下井草 秀(文化デリック)

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