1. トップ
  2. レッドカーペットのゆくえ──立ち上がるハリウッドの女性たち。

レッドカーペットのゆくえ──立ち上がるハリウッドの女性たち。

  • 2019.2.21
  • 751 views


レッドカーペットのゆくえ──立ち上がるハリウッドの女性たち。
2019.02.21 19:00
「#MeToo」や「Time's Up」が引き金となり、ハリウッドから世界に波及した男女不平等や人種差別を訴える運動は、レッドカーペットのあり方にも疑問を投げかけた。それはもう、時代遅れの慣例なのか? あるいは、そこを歩くスターたちが社会の声を代弁するためのプラットフォームなのか? 第91回アカデミー賞授賞式開催を前に、これからのレッドカーペットのあるべき姿について考えた。


「そのドレスのブランドは?」


これは過去20年間のレッドカーペットで、ハリウッドのリポーターがスターたちに対して何度も繰り返してきた質問だ。しかし、2018年のゴールデングローブ賞では、この質問は虚しく響くだけだった。ハーヴィー・ワインスタインのスキャンダル、そしてTime’s Up立ち上げの後で、300人を超えるハリウッドの女性たちが黒い衣装を身に纏って結束し、性差別の撲滅を訴えたからだ。こうして、長年レッドカーペットのファッションチェックを報道してきたアメリカテレビ番組『ファッションポリス』は、この定番の質問を「なぜあなたは黒を着ているのですか?」に変えざるを得なかった。そして、活動家のアイ・ジャン・プーと一緒にいたメリル・ストリープは、こう答えたのだった。


「この瞬間、ここにいる私たち女性は、過去と今を分かつ太く黒い線の上にともに立っているのです」


ストリープはこう語ることで、ハリウッドの女性にとっての新たな時代の幕開けを示唆したわけだが、それは同時に、私たちが知るレッドカーペットの終焉を意味するものでもあった。

レッドカーペットの隆盛。


レッドカーペットの歴史は長く輝かしい。最古の記録は古代ギリシャまで遡るが、映画スターが初めてレッドカーペットを歩いたのは、1922年、ダグラス・フェアバンクスの『ロビン・フッド』のプレミアだった。アカデミー賞は1961年にこれを取り入れ、その3年後には授賞式のテレビ放映が始まった。これが、現在私たちがもっともよく知る「レッドカーペット」のはじまりだ。


その後、1994年には授賞式をレポーターが取材するようになり、レッドカーペット上の奇抜なファッションを辛辣なユーモアを交えて報じる番組『ファッションポリス』が人気を博した(セリーヌ・ディオンは、1999年のオスカーでディオール(DIOR)のタキシードを前後逆に着用し、ビョークは2001年、白鳥ドレスで現れた)。

立ち上がる女性たち。


しかし、やがて風向きが変わった。2014年のゴールデングローブ授賞式の際、エリザベス・モスは同番組の取材に対し、「ずっとやりたかったことがあるの」と言って、女優たちの指先を撮影する通称「マニキュアカメラ」に向かって中指を立てた。そして、レンズを覗き込み、こう言い放った。


「こんなこと、男性にはやらないでしょ?」


モスに続いたのは、リース・ウィザースプーンジェニファー・アニストンジュリアン・ムーアだった。彼女たちは、2015年の全米映画俳優組合賞授賞式でマニキュアカメラに手元を映されるのを拒否した。さらに同年の英国アカデミー賞では、『Buzzfeed』がレッドカーペットインタビューのパロディとして、通常は女優たちに投げかける質問を男性にも行った。例えば、エディ・レッドメインにカメラの前で回ってもらうよう頼んだり、困惑するマイケル・キートンにスパンクス(引き締め効果のある下着)を穿いているかどうか尋ねるといった具合に。そして、レッドカーペットでの馬鹿げたインタビューに対する世間の風当たりはいよいよ強くなり、ついに『ファッションポリス』は放送中止に追い込まれた。

抗議行動の舞台へ。


レッドカーペットの凋落はアメリカの政治情勢と呼応するかのようだった。トランプ大統領が2017年1月に出したイスラム圏からの入国を制限する大統領令がきっかけとなり、ルース・ネッガやカーリー・クロスを含めた2017年のアカデミー賞授賞式の参加者数名が、レッドカーペット上で青いリボンを身につけ、アメリカ自由人権協会への支持を表明。一方、エマ・ストーンジバンシィ(GIVENCHY)のオートクチュールドレスにプランド・ペアレントフッドのピンをつけて出席した。同年の全米映画俳優組合賞授賞式では、『ビッグバン・セオリー』に出演したサイモン・ヘルバークは、レッドカーペット上で「移民歓迎」のサインを掲げて歩いた。


こうしたレッドカーペット上での抗議行動の背景には、やはり#MeTooとTime’s Upの影響が大きい。黒を纏った女性の一団は、ゴールデングローブ賞授賞式でさながら無敵の軍隊のように闊歩し、男女の賃金差や女性監督がステージにいないことを訴えた。最優秀監督賞のプレゼンターを務めたナタリー・ポートマンは、壇上で「候補者はこちらの“男性”の方々です」と皮肉を込めた。


現在までに、一部ではハリウッドが平常運転を再開したと見る向きもあるが、その根本はすでに変容している。2018年アカデミー賞授賞式の翌朝、『ヴァニティフェア』誌のハリウッド特派員であるニコール・スパーリングは、目に見えて起きた変化について、同誌のPodCastでこう語った。


「今年は、多くの人がレッドカーペットを飛ばしていたわ。ジョーダン・ピールやサム・ロックウェルなどは、何枚か写真を撮ったらそのまま会場に入っていった。アカデミー賞のPRは、彼らはもうレッドカーペットに価値を見出していないのだと話していた。一方で、レッドカーペット報道は軽薄だけど、人気であることも事実。今後どう展開されるのかはわからないけれど、問いは明確よ。レッドカーペットは本当に必要なのかどうか、ということ。現代社会において、あれを進歩的とはとても呼べないもの」

結束する女性たち。


しかし、2018年のカンヌ国際映画祭に参加した女性たちは、そう考えなかったようだ。2018年5月、審査員長を務めたケイト・ブランシェットは、82人の女性たちと腕を組んでレッドカーペットに集結した。82という数字は、71年に及ぶカンヌ国際映画祭の歴史の中で、パルム・ドールにノミネートされた女性監督作品の数にちなんでいる(対する男性監督による作品数は、1645作品)。そのうち、実際にパルム・ドールに輝いた女性監督はジェーン・カンピオンただ一人だけだ。


また、同映画祭で、16人の黒人女優がフランス映画業界における人種差別に抗議し、共同で『Black is Not My Job』という本を出版。さらに、マヌエル・イッサは、イスラエル軍が60人のパレスチナ人を殺害したという痛ましいニュースを受けて、「ガザ地区への攻撃を中止せよ」と書かれたサインを持ってレッドカーペットを歩いた。さらに、審査員のクリステン・スチュワートは、『ブラック・クランズマン』のプレミアでクリスチャン ルブタン(CHRISTIAN LOUBOUTIN)を脱いだ。これは、女優たちの靴をハイヒールに限定するというカンヌの方針に対する、明らかな抗議だった。


こうした動きが、いくつもの方針転換につながった。カンヌでは、新たにジェンダーの平等憲章が結ばれ、ベネチアやトロントなどの主要映画祭もそれに続いた。かつてワインスタインの狩り場だったレッドカーペットは、いま、ゆっくりと女性たちの手に戻りつつある。


さて、もうすぐ第91回アカデミー賞授賞式が開催される。ハリウッドの政治的緊張は相変わらず高いが、レッドカーペットはなくなっていない。しかし、その未来が、激変する世界にいかに柔軟に適応できるかにかかっていることは、間違いない。

Text: Radhika Seth

元記事で読む
の記事をもっとみる