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津南・春を待ちわびる、積雪3メートルの宝物

  • 2015.3.13
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雪下で越冬する野菜が甘みが増しておいしいと近頃人気ですが、国内屈指の豪雪地帯として知られる新潟県中津南町の「雪下にんじん」もそのひとつ。雪解けの時期にやっと掘り出せるようになる「雪下にんじん」は、店頭に並ぶと津南の人たちが春の訪れを感じる野菜です。連載「暮らしと、旅と...」津南編vol.2は、農家民宿に泊まり、フルーツのように甘いと評判のニンジンを掘りに出かけます。

早い頃で11月中旬から雪が降り始めると、街中では道路脇にはぽってりと山のように雪が積み上がり、3月にもなると3mもの厚みの雪の壁となってしまいます。農村地帯である津南では、この時期は田畑もその高さまで雪が積み上がります。もちろん野菜などは育てることができないだろうと思っていたら、なんと雪の下でニンジンが育っているというではありませんか。

「暮らしと、旅と...」津南編vol.1でご紹介した「しなの荘」に泊まった際、朝食に出てきたとろりと濃くて甘いジュースはまさにその雪下にんじんのジュースでした。「一番早いところで3月10日前後から農家民宿のサンベリーさんが雪下にんじん掘り体験を行っていますよ」と町役場で情報を得て、早速行ってきました。

「雪下にんじん掘り体験」をこのあたりで唯一行っている「農家民宿サンベリー」は、今から25年前に千葉から津南に移住したご夫婦が営んでいます。尾池紀一(のりかず)さんと三佐子さんは、それぞれのやりたかったこと、農業と染織をする場所を探していて津南に出合いました。会社員時代から家庭菜園をやってきた紀一さんは自給自足するための場所をずっと探していたそうです。だから、農家民宿サンベリーで出てくる食事の野菜はほぼ自分の家で採れた無農薬のもの。丹田(腹式)呼吸法と発酵果実食による体を滋養するリトリート目的の滞在なども受け入れています。 「汚れるから長靴を履きなさい」という紀一さんに従って、防寒のためのスノーブーツから長靴に履き替え、「汗をかくからそんなに厚着しなくていいわよ」という三佐子さんのアドバイスで、マフラーを部屋に置いて畑に向かいました。

本日は曇り。眩しくないくらいの明るさが雪の中で作業するのにちょうどいい。雪下にんじん掘りは雪が解けだす今からがシーズン。特に、大手業者のものが出回る前に「初物」として個人業者が出荷するニンジンは、普通のニンジンの2.5倍ほどの値がつく高級品になります。高価さの理由はなんといっても味。でも、実際に作業を行うと、その作業工程の大変さがわかり、高さの理由に納得します。たとえ高価なニンジンだとしても、春の訪れには雪下にんじんがないとね、と地元の人も心待ちにしているといいます。

まずは、収穫作業前日に除雪機を入れて地上3~40cmくらいのところで雪を残しておきます。紀一さんは1日に幅3×3mくらいを掘り返すことのできるように、下の写真で私が持っている棒の2m40cmの高さをはるかに越す量の雪を除雪します。それからスコップで地表の雪をどけ、土が見えたらニンジンの葉を探します。地中に埋まっているニンジンを傷つけないように土を起こすのがなかなか難しい。紀一さんにならって地中にスコップを入れてみましたが、ニンジンにざくりとスコップが入ってしまいました。あちゃー。スコップを土に入れるのに、かなり緊張します。なんたって今出荷したら2つで250円で販売される高級ニンジンなのですから。

「大型機械が入れられないから収穫に手がかかるでしょう?ひとりだと、毎日1箱分を収穫するので精一杯かな」。手間がかかるけど、それでもおいしいから作るんだよね、と紀一さんはいいます。 ざくざくと掘り進んでいるうちに、コツがつかめてきたのか掘りやすくなり、すいすいと抜いていきます。1時間ほど作業して1箱分が収穫できました。途中から、雪が解けて土が柔らかくなり、体を動かすので暑くなってきました。おまけに靴も土で汚れてきたので、アドバイスどおり。雪下にんじん掘りは、雨が降ると地面がぐちゃぐちゃになり、雪が降ると地中に埋まっているニンジンが見えません。でも、雪が解けきる前に掘らないといけないのと、注文をした人にはすぐに送らないといけないのとでこの時期はサンベリーは大忙しです。

「ほら、食べてみなさい」紀一さんが採れたものを雪で洗って差し出しました。ひとくち食べてみると、噂通り、瑞々しくてとてもジューシー。ほのかな甘みは、採れたての柿のよう!この甘みの秘密は、7月に種を蒔き、雪が降る前までに十分に大きくなったニンジンを雪の積もる約4ヶ月間くらいそのままにしておくため。雪の下で熟成されたニンジンは甘みやうま味を感じる成分であるグリシン、セリンなどのアミノ酸やアスパラギン酸の含有量が増加していきます。また、雪下の温度が常に0℃と一定なために水分が保たれ、土が乾くことはありません。 掘りたての雪下にんじんを水で洗ったら、キッチンへ。ここからは三佐子さんにバトンタッチです。雪下にんじんの甘みを生かした料理を教えてほしい!とリクエストしたら、数多くのレパートリーの中から、基本のピューレとその活用形を教えてくれました。

「本当は生食が一番おいしいんだけどね。この時期、ニンジンのお陰でやっと新鮮な生野菜が食べられるのよ。これからは毎日ニンジンが食卓に並ぶわよ」と三佐子さん。春にサンベリーに泊まって「雪下にんじん」を食べてからニンジンを食べられるようになったという人も何人かおり、それくらい、甘くて優しい味になるのです。どうですか?そう知ると食べたくなるでしょう? まずは「雪下にんじん」を柔らかく茹で、ジューサーにかけてピューレ状にします。それからゼラチンを入れてゼリーにしたり、ブイヨンを入れてポタージュにしたり。さらには、30年も生き続けている自家製酵母にライ麦、小麦粉、水を練りこんでパンを作ります。近くの秋山郷のトチの木で彫られた木鉢でこねたライ麦パンは、お客さんに大人気。家族のみなさんも良く食べるため、週に1、2度は作るのだそうです。

「雪下にんじんは糖度が高いから、砂糖をあまり使わなくていいのがいいわよね。えぐみがなく、ニンジンが苦手な人や子供たちも生で食べてファンになるの。うちも毎日こればかりよ」と笑う三佐子さん。あっという間に自家製こんにゃくと雪下にんじんのきんぴら、雪下にんじんともやしのハンバーグ、雪下にんじんパン、雪下にんじんポタージュ、雪下にんじんスティック、雪下にんじんゼリーなどなど、雪下にんじんのメニューができ上がりました。

「雪の下にある水分をたっぷりと含んでいるでしょう? しばらく土の中においておくと、ひげ根が出始めるので収穫期を見計らうのが肝です。できたら、雪がたっぷりとあるうちに収穫したほうが、おいしいでしょうね」と紀一さん。ちょうどこの記事が出るあたりから晴天が続きそうなので、これから1ヶ月間、雪が解けるまで毎日畑に出ます。「4月上旬までに掘ってしまわないと、瑞々しさが抜けてしまう。早く掘らなきゃなあ」。

津南に雪が降ると、おいしい雪下にんじんが春に食べられる。早く食べられないかな、と待ちわびている人のために、明日も紀一さんは除雪機を動かします。

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