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無事に出産「不妊治療が終わって思うこと」【こうして赤子を授かった~中村こてつ不妊治療体験記~ 第46話】

  • 2019.1.24
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いよいよ妊婦さんとしての日々が始まり、出産の日を迎えたこてつさん。最後に改めて、3年間の治療を振り返って感じたことを綴っています。不妊治療を2005~8年に受けた中村こてつさんの体験談。最終回です。



妊娠から出産までの日々

2009年7月20日。干し梅のような姿だった透明の卵が、人間の赤ちゃんとしてこの世に現れました。

4回目の移植で妊娠した私は、不妊治療中にもそうであったように、ネット検索魔に変身。

妊娠中にとったほうがいいサプリメント、カフェインはどこまで摂取していいのか、おすすめ食材・おすすめしない食材、体重の増加について怒られないようにする方法(笑)、妊娠線の出ない方法、安産のためにやらねばならない運動など、ありとあらゆる方法を調べました。

コーヒーを飲み過ぎではととがめるオットと険悪な雰囲気になったり、栄養士さんの話を聞いてから昆布やいりこでだしをとるようになったり、黒酢たくさん飲んだりしました。

安産のためにとにかく歩こう! と愛犬と一緒に散歩しまくり、10km近く歩く日もありました。頭でっかち、おなかでっかちな妊婦になりました(笑)。



妊娠5カ月になってから周囲の人には伝えました。それまでは「何があるかは分からないから」とずっと秘密にしていました。

マイナートラブルはあるものの妊娠経過は順調。力を合わせて産道をくぐり抜け、産声をあげる我が子と対面することを何度も想像し、安産に向けて毎日毎日歩きました。

出産予定日。うんともすんともいいません。

そのまま予定日を1週間超過しようかというとき陣痛がきました。陣痛は進みが遅く、徐々にひどくなる痛みに2日間耐え抜きました。

子宮口がやっと全開近くになり、最後は先生におなかを押さえつけられながらいきんだものの…生めませんでした。

不妊治療(特に体外受精・顕微授精など)で妊娠した子は「貴重児」と呼ばれていました。

万が一のことがあったとき次の妊娠が難しい、妊娠するまでにかなりの労力を費やしている、という理由からそう呼ばれるようです。

そのほか、不育症であった、流産・死産の経験がある、なども貴重児と分類されるとのこと。初めから帝王切開をすすめられるケースもあったと聞いています。

バースプランを決めるとき、なるべく普通分娩で生みたいと言いました。さんざん人工的な不妊治療をしてきたのだから、出産くらいは自然な形で普通に生みたいと思っていました。

だけど、自然に生むことが普通? 治療中も初めは「できれば自然に」と考えていました。自然=普通? なんで普通になりたいんだろう、私。

…普通って、なんだっけ?



数人がかりでサポートされながらいきんだ後、帝王切開を提案されました。

「せっかく不妊治療してまで授かった命だからこそ、最後の最後でリスクを背負うことはないよ」。先生が言いました。

このまま頑張れば普通分娩で生めるかもしれないけれど、万が一のために帝王切開で安全に取り出したほうがいいとのことでした。

手術が決まるとあれよあれよと準備が進み、私は手術台の上で張りつけの状態に。

始まって数分、泣き声が聞こえました。

「へその緒が2重巻きで回旋異常だったよ。だから出てこられなかったんだねぇ」と先生。

あー、そうだったんだ~。帝王切開でよかった…無事でよかった…。

出産くらいは普通がいい。そう思っていた気持ちはなくなっていました。
(この後しばらくして、「おっぱいくらいは普通にあげたい!」となるのですが…こりない私。苦笑)




視線の先に、助産師さんに体を拭かれながら泣きじゃくる声と我が子の足が見えました。

まだ手術台に張りつけにされたままの私の手に頭が触れるよう、計測等をすませた赤ちゃんを連れてきてくれました。その頭は、まだシットリ湿っていました。

「久しぶり~」心の中で声をかけました。なぜ「久しぶり」かというと、0.1mmの受精卵以来の再会だったから。

こうして私の不妊治療は幕を閉じました。

自分の中のさまざまな気持ちに苦悩し、はいつくばって進むような日々。夫婦で本音をぶつけ、泣いたり、笑ったりした日々。いろいろなことを知り、いろいろなことを感じました。

女性として生む・生まないを真剣に考えること。

子どもがいることだけで幸せか不幸せかは決まらないこと。

自分の体を知ること。

家族の体を知ること。

心と体はつながっていること。

妊娠は思い通りにならないこと。

自分の気持ちを奮起させて挑戦すること。

失敗が続くとどんどん落ち込むこと。

周囲の何気ない一言に疲弊すること。

人の感じ方は自分の感じ方と違うこと。

赤ちゃんはキラキラしていること。

他人を妬む私がいること。

平静を装う私がいること。

他人のことは他人のことだと割り切ること。

流れに身をまかせること。

命が止まること。

悲しみは他人と比べるものではないこと。

夫婦にとって一番大切なこと。

自分の心を掘り下げてみること。

自分を認めてあげること。



想像力を持って思いやる心、人も自分も大切にする生き方。3年間の不妊治療の体験を通して知りました。

はっきりと思います。私には必要なプロセスだったと。

そして時々、妄想します。不妊治療に挑んだけれど、結局子どもを持たなかった私の人生を。その人生を生きている私も、きっと幸せであるだろうと。


※私が長男を妊娠するために不妊治療をしていたのは、2005年11月~2008年10月のことです。また、この体験記に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。

(中村こてつ)

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