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「この出演は中居くんがくれた花道」滝沢秀明が中居正広の前で決意の裏側を語る!

  • 2018.12.27
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「金スマ」に出演する滝沢秀明(右)とMCの中居正広(左)
(C)TBS

TBS系では、12月28日(金)夜9時から放送の「中居正広のキンスマスペシャル」に滝沢秀明が出演する。

【写真を見る】テレビでここまで語るのはこれが最後!? スーパーアイドル・滝沢秀明の決意の裏側

今秋に年内引退を発表し、世間を驚かせた滝沢。“タッキー”の愛称で親しまれ、常に芸能界の第一線で活躍してきた滝沢が、今、なぜ解散と引退を決意したのか。滝沢が中居正広だけに解散と引退の真相を語る。さらに、滝沢が「自分の中で封印していた時代なので。この番組で初めてさらします」と語った、極貧の幼少時代とは? それを聞いた中居は後輩・滝沢に何を語るのか?

父親から分かりやすい愛情を受けた記憶はない…

1982年、東京・八王子で3人兄弟の末っ子として生まれた滝沢。幼少の頃から「父親からは子どもながらに分かりやすい愛情を受けた記憶はない」と話す。

そして幼稚園の時、両親が離婚し父が家を出て行ってからは、生活が一変し、極貧生活になったという。鉛筆、消しゴムすら満足に買えない。食べるものが無く、帰りの遅い母を待つ間、兄弟で1つのお菓子を分け合って食事代わりにした日々も。一刻も早くこの生活から抜け出したかった滝沢は、中学生になると「どうやったら子どもも働けるんだろう」とばかり考えていた。

極貧生活を抜け出すために受けたオーディション、そして今井翼との出会い

「どこでもよかったんです」と話す滝沢。ジャニーズに入りたいわけでも、アイドルになりたい訳でもなかったが、この生活から抜け出すためには自ら応募するしかなかった。その結果、書類選考を通過、オーディションに呼ばれた。そこで彼の人生を大きく変える出会いがあったのだ。

その時のことを滝沢は「ボロボロの服を着て。オーディションが終わる時に“僕がジャニーです”って…。ジャニーですって言われても誰だろう? って。僕は本当に詳しくなかったので」。そこでジャニー氏との出会いを果たした滝沢。そしてもう1つ大きな出会いが。後にユニットを組む今井翼だった。「隣に翼もいたんですけど、翼はジャニーさんが名前を聞いていて、この子受かったんだろうなって」。長年の相棒である今井への思いも語る。

タッキーは特別なことが普通だった

13歳でジャニーズJr.として活動を開始。そこで滝沢はジャニー氏について「小さい頃に学ばなきゃいけないことを1から教えてくれた人。どこかで“オヤジ”っていうのはこういう存在なのかな」と感じるように。幼い頃に家を出て行った父と別れ、初めて知る父親という存在。以来、滝沢はジャニー氏から演出のことから生活の規律のことまでさまざまなことを学んだ。思春期になると、時には自らの怒りの矛先をジャニー氏に向けることもあったが、いつも優しく受け止めてくれたという。

滝沢と同じ時期にジュニアだった山下智久が「(ジュニアの中で)タッキーは特別なことが普通だった」と証言するとおり、ジュニアの中でも特別な存在となっていった滝沢。「嵐を結成する時に、(5人がジュニアから)出たことで今後のジュニアをどうするか。ジャニーさんと相談しながらやっていた」というほど、ジャニー氏との関係は深かったという。

中居正広が自らの境遇を重ね、滝沢に語った言葉

そして、今回の引退発表。発表後、一番最初に連絡をしてくれたのが中居だったという。

「(中居くんの)言葉が重くて、重いけどやらなければいけないとハッとなった…。だから僕のこの出演は、中居くんがくれた花道だと思っています」と語る滝沢だが、果たして中居はその時、滝沢に何を伝えたのか?

その時の中居とのやりとりを初めて明かす滝沢。また、スタジオで「解散」し「引退」していく後輩・滝沢に中居が自らの境遇を重ねつつ語った言葉とは…。

松本潤ら仲間、そして母親が滝沢秀明を語る

さらに松本潤、山下智久、生田斗真、北山宏光(Kis-My-Ft2)らが証言。また今回初めて滝沢の母が「金スマ」に語ってくれた極貧時代、ジュニア時代、そして世間を驚かせた決断に関しても掘り下げていく。(ザテレビジョン)

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