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アリスの絵に投影された、猪瀬直哉のブルーな視点。

  • 2018.12.25
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視覚的なインパクトで好奇心をそそる作品は、多くの人々の記憶に残り、長きにわたって受け継がれる。それはたとえ、作家の意図するメッセージを人々が見落としていたとしても。いまから約150年前に誕生した『不思議の国のアリス』は、そのサイケデリックな描写や不可解なストーリーを武器に、時代を超えて多くの人々に愛されてきた。

アートギャラリー「THE CLUB」にて開催中の猪瀬直哉による初個展『Blue』は、そんなアリスに登場するキャラクターを描いた作品が並ぶ一方で、ロマン派の壮大なスケールの絵画も並列する、カオスな空間。しかしそこには、哀愁や郷愁、ひいてはそれらを内包するシニカルな視点が鋭く込められている。

芸術への入り口として、誰もが知るキャラクターの絵画をあえて取り入れた、その裏側には何が隠されているのだろうか。また、展覧会タイトルの”Blue”に隠された真意とは?個展のコンセプトだけでなく、絵画を始めたきっかけから今後の展望までも尋ねたインタビューで、日本とロンドンを行き来する彼の眼に映る世界を紐解いていく。

――絵画を始めたきっかけは何ですか?

これ!というほどのきっかけは正直なかったのですが、昔から絵はよく描いていました。幼少期からずっと映画が大好きだったこともあり、映画のデザイン本を模写したり。

映像や絵って、言語がわからなくても視覚的なインパクトで感動できるじゃないですか。そういった部分で、人を感動させたいと思い、ビジュアルアーツに惹かれていったのだと思います。

――いつも、頭の中に湧いてくる「映像」のイメージを描いているのでしょうか?

ずっと妄想しているんです、ストーリーのようなものを。そのワンシーンを切り取って、どれだけインテンシブに(徹底的に、突っ込んで)描けるかというところですね。

すべての作品にストーリーがあるので、いつかそのストーリーを発表できたらとは思っていますが、ロンドンにいて、言葉の持っている強さには限界があると気が付いたんです。

移民の国でハリウッド映画が発展したのも、通ずるところがありますよね。言葉が通じないから、ビジュアルインパクトで見せるしかなかった。スタンリー・キューブリック監督の作品がすごく好きなのですが、映画の中でセリフはほぼないですし、音楽とビジュアルインパクトがメイン。ストーリーは意味不明ですが、その方が、表現としては強いんだと思います。

――ロンドンでの活動は6年目なのですね。ロンドンを拠点にする理由を教えてください。

英国はジョン・コンスタンブル、ウィリアム・ターナー、トマス・コールという素晴らしいロマン主義の作家がいました。そういう土壌でリサーチをしてみたいと思ったのが、最初のきっかけです。東京芸術大学で学士を取った後、ロンドン芸術大学(現チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ)で修士を取ったので、そのままロンドンに住み着くようになりました。

あとは、日本が素晴らしすぎて、逆に危機感を覚えたというのもあります。自分がマジョリティであるという感覚を持つと、クリエイティビティが発揮できないという感覚があって。英国にいると、自分は人として認知されていないという、違和感のようなものを常に感じられるんです。そこから制作意欲が湧くんですよね。

――ロンドンで過ごす中で、人々の芸術との向き合い方や、芸術の社会的な地位における違いは感じますか?

僕の印象として、英国では芸術というものがごく自然にあるように感じます。普通のアート好きとか何でもない人が、大学の修了展などに来て買っていくんです。大学の学生さんとかも、友人の作品を買ったりしていましたね。日本では考えられない光景でした。やはり根付き方が違うなと。

――それでは、今回の展示について伺います。タイトル「Blue」はご自身の原点とのことですが、どのような原点が結び付いているのでしょうか。

ブルーな気分、ですかね(笑)。作品制作を行うのは、ブルーな気持ちを払拭したいという気持ちもあって。あとは、潜在的に惹かれる色なんです。青空や海って、見ていると気分が高揚しますし、昔からなぜか青い絵の具ばかり買っていました。

THE CLUBのマネージングディレクター・山下さんと展示のテーマを話していた時に、ブルーというワードがすべて包括できるなと思いました。

――今回のコンセプトにもなっている、ポストモダニズムにおける絵画の役割についてはどのように考えていますか?

ポストモダニズムにおける絵画は、意味がないと考えています。ダ・ヴィンチやミケランンジェロにしても、元をたどれば広告なんですよね。当時、すべての文化を牛耳っていたメディチ家の人々のために作られたエンターテインメント。

となると、エンターテインメントとしての絵画は、ポストモダンにおいて成立していない。総合芸術という意味では映画の方が上ですし、音楽もありますしね。

でも、量産できないのがアートの魅力。いまだにオイル・オン・キャンバスで1点ものしか作れないなんて、エンターテインメントとしては本来終わっていますが、作品への重みは違いますよね。アニメーションやCGIといったテクノロジーが出現した時点で、かなり時代錯誤なやり方ですが、生々しい感覚や重みを表現することができ、見る人もその価値を体験できる、不思議なものだと思います。

――『不思議の国のアリス』のドードーを描いた作品が、最初に展示されています。どのような意図でしょうか。

大学時代にルイス・キャロルの研究をしていて、『不思議の国のアリス』にはかなり刺激を受けました。すべてがチグハグで、一見、意味不明なストーリー。ですが、すべてのキャラクターやシーンに意味があって、ポストモダニズムの象徴のような作品だと思っています。

ドードーは、人間の愚かさ、虚無感の象徴。動物たちとアリスが、濡れた身体を乾かすためにドードーの周りをぐるぐると回るシーンがあります。ようやく乾くかというところでまた次の波がやってきて、永遠に乾かないんです。でも、そのことに本人たちは気が付いていない。岩の上から高みの見物をしているドードーが、操っているんです。ドードーの指示を信じて疑わないアリスたちのコーカス・レース(堂々巡り)ですね。

――今回、空間づくりへのこだわりも感じました。作品の間にそれぞれカラーバーを挟んだのはなぜでしょうか。

幼少期に、深夜のテレビで見たカラーバーって、すごい恐怖だったんです。「ピーーー」という音が鳴りながら、砂嵐の前の”カラフルな虚像”を見ていたというか。現実世界のメタファーのような気がして。

というのも、朝まで砂嵐が続いた後、またいつものように映像が戻りますよね。そのサマは、栄えて、死んで、栄えて、というループから抜け出せない、人間の世界とリンクするというか。文明や帝国の推移を端的に表しているように感じたんです。

あと、僕のペインティングは連結していないので、テレビ放送のように、今日はこの番組、そしてまたカラーバーを挟んで、明日はこの番組、といったような、切り替えのような意図もあります。

アリスもキューブリックも、ストーリーに一貫性がないじゃないですか。『2001年宇宙の旅』でいえば、宇宙飛行士の話が来たと思ったら、次はいきなり原始時代の話になるとか。そういう、一貫性がないものに惹かれるんです。

一貫性を求めすぎる世の中に、疑問を抱いていて。人間臭いところは、一貫していないところにこそあると思うんですけどね。一方で、強制することによって答えを無理矢理作った方が、生活しやすいのも事実。

ですが、そこに疑いを持たずに生きて行くのは、それこそコーカス・レースだと思うんです。みんな、目の前で何が起きているか分かっていないというか。ただひたすら、ループし続けている。

――今後の活動について教えてください。

近々ですと来年10月、英国の「The Daiwa Anglo-Japanese Foundation」で個展があります。個人的には、いろいろなことにチャレンジしたいですね。絵画、ビジュアルアートとは何だろうかという無意味性の高い、虚無ループにどっぷりつかっていきたいです。

あとは、「IAM(Institute of Art Malta language program)」という、日本人アーティストのための期間限定プロジェクトを、地中海のマルタ島で始めました。6ヵ月間滞在ができ、マルタ大学での語学研修や、制作の場となるスタジオ提供をしています。

僕自身もそうだったのですが、海外研修に行けたとしても、英語を学習しながらスタジオを探したり、住居を探したり、実は制作以外にすごく無駄なコストがかかるんです。若いアーティストが短期間、低コストで新しい世界に入っていけるような、効率のいい環境作りをしたくて始めました。

いま、ふたりの日本人を受け入れています。あとは、なぜかアイルランド人がひとり(笑)。会社のパートナーが「来たいって言ったから」って、受け入れちゃったんですよね。でも、基本的には日本人に向けてます。もっと、若いアーティストが外国に来てくれたらうれしいですね。

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Naoya Inose / 猪瀬直哉1988年、神奈川県生まれ。2012年に東京藝術大学絵画科油画専攻を卒業し、文化庁新進芸術家海外研修員として渡英。その後、17年にロンドン芸術大学(現チェルシー・カレッジ・オブアーツ)美術学修士を修了し、現在、ロンドンを拠点に活動。『20th DOMANI・明日展』に出展し、国立新美術館や高松市美術館で展示。作品収蔵先には高橋コレクションやベネトンコレクションがある。

 

『Blue』期間:2018年12月1日(土)~2019年1月31日(木)場所:THE CLUB東京都中央区銀座6-10-1 GINZA SIX 6F営)11時~19時※年末年始は、12時~18時の短縮営業予定。休)1月1日(火)入場無料tel:03-3575-5605mail:info@theclub.tokyohttp://theclub.tokyo/ja/exhibitions/NaoyaInose/

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