1. トップ
  2. 感動のバレエ『椿姫』。マノンの出現が観客の涙を誘う。

感動のバレエ『椿姫』。マノンの出現が観客の涙を誘う。

  • 2018.12.25
  • 1731 views

オペラ座バレエ団のダンサーたちは、毎年、12月は大忙し。ガルニエ宮とオペラ・バスティーユのふたつの劇場で、それぞれ大作バレエの公演があるからだ。今年は後者で1月2日までルドルフ・ヌレエフの『シンデレラ』、前者では1月3日までジョン・ノイマイヤーの『椿姫』。舞台を1930年代のハリウッドに設定してあるが、『シンデレラ』はおなじみの物語のストーリーはそのままでわかりやすい。その一方、『椿姫』はノイマイヤーが組み立てた心理劇のようでなかなか複雑であり、それだけに見ごたえがたっぷりだ。

アレクサンドル・デュマ・フィス原作の『椿姫』(1848年刊)。この中でクルチザンヌ(高級娼婦)の主人公マルグリット・ゴーティエは我々が古典小説を読むように、アヴェ・プレヴォーによって1741年に書かれた小説『マノン・レスコー』を読んでいることが語られている。マルグリットと職業を同じくするマノンが学生のデ・グリューと出会い、彼との愛の暮らしを営みつつも、贅沢な暮らしは捨てられず。その結果、罪を重ね、最後は流刑されたルイジアナの荒れ地で息絶える、という悲しい物語だ。ケネス・マクミランによるネオ・クラシック・バレエの傑作『マノン』によって、プレヴォーの伝記的要素の強い小説の存在を知ったバレエ・ファンも少なくないだろう。

クルチザンヌのマルグリット。舞踏会から舞踏会への、華やかで享楽的な日々を送る。photo:Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

エトワールによって踊られる主人公の素晴らしいパ・ド・ドゥ、全編で奏でられるフレデリック・ショパンの音楽、ユルゲン・ローズによる夢のように美しいコスチューム……これだけでも十分に魅力的なバレエだが、ノイマイヤーはデュマの原作中では詳しく描かれていないマノンの物語を取り入れて二重構造の奥行きのある『椿姫』を作り上げたのだ。セリフのないバレエ作品。しかし、マノンが姿を現すたびに、マルグリットの心の中が読め、悲痛な叫びが聞こえてくるようで涙を誘われる。

『椿姫』は2006年のレパートリー入り以来、パリ・オペラ座では何度も踊られているし、2014年のオペラ座来日ツアーの演目のひとつでもあった。この作品を一度見たことがあるのなら、二度目はぜひマノンとマルグリットのふたりのシーンに注目して鑑賞してみよう。

第二幕、田舎にて。アルマンの父の訪問を受ける前、マルグリットはアルマンと幸せな時間を過ごす。photo:Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

1. 高級娼婦は人を愛することができるのだろうか。

第一幕、マルグリットとアルマンが初めて出会い、互いを意識するシーンは劇場。この日のバレエの演目は『マノン・レスコー』である。第一幕で、まずマノンとデ・グリュ―、そしてマノンを慕う男たち3名が劇中劇の人物として登場する。高級娼婦マノンは妖艶な魅力で男たちを虜にし、そんなマノンながらデ・グリュ―は心のときめきが抑えられない。高級娼婦が虚飾の暮らしを捨て、愛だけに生きることは可能なのだろうか……。マルグリットとアルマンの未来を暗示するように、マノンの物語を劇中劇にノイマイヤーは取り入れたのだ。この舞台を見ているマルグリットとアルマンは、悲劇に終わったマノンとデ・グリュ―の人生にそれぞれ自分たちの姿を鏡のようにすぐさま重ね合わせるのだった。

劇中劇の『マノン・レスコー』より。崇拝者たちとデ・グリュ―に囲まれる贅沢好きなマノン。photo:Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

2. “心の罪”を背負うマルグリット。愛するがゆえ、身を引く。

第二幕、マルグリットは生活を支えてくれていた公爵ではなくアルマンを選び、田舎の家でふたりの幸せの絶頂がパ・ド・ドゥで踊られる。しかし良い時間は長く続かない。彼女の前にアルマンの父が現れて、若いアルマンの未来、彼の妹の縁談などを理由に息子と別れるようにと迫るのだ。19世紀。良家の子弟と高級娼婦の関係は認められるものではない。彼女のビジョンの中にマノンが現れる。デ・グリュ―は一緒ではない。彼女の後に続くのは、宝石を差し出す大勢の男性たちである。原作では、彼女がクルチザンヌを仕事に選んだことをデュマは“心の罪”と呼んでいる。アルマンへの思いを彼の父に訴えるものの、自分の職業を思い知らされるマルグリット。所詮、その罪を抱えて生きてゆくしかないことを、マノンの姿がマルグリットに強く訴えるのだ。この後、マルグリットはアルマンと別れることを父に約束し、彼をひとり田舎の家に置いてパリに戻るのだ。パリの娼婦の暮らしに戻る、と彼に置き手紙をして。

高級娼婦であることをマルグリットに思い知らせるマノンと、愛に生きたいマルグリット。彼女の葛藤がどれほど観客の心に響くか。マルグリット役のみならず、マノン役を踊るダンサーの表現力が左右する場面である。photo:Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

3. マノンは愛する人の腕の中で息を引き取ったのに……。

第三幕。マルグリットに捨てられたと思いこんだアルマンは、偶然すれ違った彼女の前でわざと他の女性と親しくしてみせる。真実を知らぬ彼は、彼女に対して容赦ない。たまりかねて彼の元を訪れた彼女はアルマンと心を寄せ合い一夜を過ごすものの、眠りの中に悪夢のようにマノンが3人の崇拝者とまた姿を現すのである。彼の父との約束を守り、自分のいるべき場へ戻れ、と思い起こさせられた彼女。眠っているアルマンを置いて、再び姿を消す。ひとり眠るアルマン。デ・グリュ―がマノンを追いかけて、舞台を走り抜けてゆく。

アルマンと愛を交わした後の眠りの中に登場する、マノンと男たち。photo:Michel Lidvac

自分の前から二度も姿を消したマルグリットを許せないアルマン。再び彼女に辛く当たり、その後海外へと旅立ってしまう。病気が進んだマルグリットは、それでも劇場に行けば彼に会えるかもしれぬと病を押して外出する。劇場の出し物は再び『マノン・レスコー』。ここで踊られるのは死を前にしたマノンと、流刑地まで海を超えて彼女を追いかけてきたデ・グリュ―との悲痛なシーンだ。帰宅した後も、ふたりの姿がマルグリットの心から離れない。デ・グリュ―を愛しつつも、享楽の生活を続けたマノンは彼の腕の中で息絶えることができるのに、高潔なマルグリットは愛するアルマンに誤解されたまま、たったひとり死んでゆくのだ。遠くに行ってしまったアルマンの幻影を抱きしめるように彼女は両手を前に差し出して、息絶える。

劇中劇『マノン・レスコー』。マノンのドレスは破れ、身に着ける宝石もなく、哀れを誘う。photo:Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

デ・グリュ―に抱えられて息を引き取るマノンと、ひとり残されたマルグリット。photo:Michel Lidvac

彼女が暮らした豪華なアパルトマン。死後、そこで競売が行われる。彼女の病を知り、慌ててパリに戻ったアルマンがたどり着いた彼女のアパルトマンは、競売の真っ最中。バレエはこのシーンがプロローグで、父に語るマルグリットとの出会いの回想から第一幕が始まるという構成となっている。

第三幕の途中で、競売に時間が戻り、 マルグリットに仕えた女中ナニーが彼女から託されていた日記をアルマンに渡す。彼はこの日記によって真実を知るのだ。

プロローグ。ここで競売品として展示されているマルグリットのドレス、帽子、ソファなどは、この後に続く回想シーンに登場する。

元記事で読む
の記事をもっとみる