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“次世代の銀行”論のムック本を手掛けた若林恵「ワイアード」前編集長の今とお金

  • 2018.12.13
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金融のデジタル化が進む中、ムック本「NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える」(1200円)が日本経済新聞出版社から発売された。手掛けているのは、若林恵「ワイアード」日本版前編集長だ。同氏は2018年に“コンテンツレーベル”として黒鳥社(blkswn)を設立。自身の肩書きをコンテンツ・ディレクターと称し、きたるべき編集者やジャーナリストを活気づけるためのサロン「音筆の会」やソニーとタッグを組んだイベント&コミュニティープログラム「トライアログ(trialog)」、海外視察ツアープロジェクトの「アナザー リアル ワールド(Another Real World)」など、出版の垣根を越えた多角的な活動を行っている。若林氏が黒鳥社を立ち上げた理由は何なのか?そして「NEXT GENERATION BANK」に込めた思いとは?出版界を取り巻く現状やデジタル化が進む金融情勢と共に迫る。

WWD:“コンテンツレーベル”と位置付けられた黒鳥社とはどのような企業か?

若林恵・黒鳥社コンテンツ・ディレクター(以下、若林):まず前提として、コンテンツをディストリビューション(流通)とプロダクション(制作)の2つに分けて考えるところから始まっている。黒鳥社は、プロダクションを軸に据えた組織で、テキストや画像、イベント、動画などコンテンツの形式を限定するつもりはない。

WWD:黒鳥社が作るコンテンツの中にも何パターンかある?

若林:タイアップに近いコンテンツや、自分らしいコンテンツなど複数ある。例えば、ソニーと一緒に過去4回ほど開催しているイベント&コミュニティープログラム「トライアログ」は企業側にとっても一種のトライアル的な位置づけだ。イベントのような立て付けにはなっているが、ライブ配信をしたところ、合計で70万回の視聴があり、動画のプラットフォームと組んで動画コンテンツ化しても面白いのではないかと考えている。

既存の出版社は「コンテンツが足りない」

WWD:黒鳥社がプロダクション側に重きを置いた理由は?

若林:出版社は現在、ディストリビューションの役割を担っている。配本などは取次に任せるが、在庫は抱えている。ウェブメディアに関しては、同じコンテンツでもフェイスブックやインスタグラム、ツイッターなど、さまざまなチャネルで出し方を変えなければならない。そういった中で、従来の出版社は全体のシステムを保つためにコンテンツを作り、売り続けるのは難しく、企画が足りていないのが現状だ。一方で、いいアイデアは持っているが、実際にコンテンツをアウトプットしていくためのディストリビューションを構築していくのは資金面を考えても難しいところもある。であれば、大手のディストリビューション力をもとに、コンテンツを作る関係性の方が、健全だしサステナビリティーもあると考えた。

WWD:出版社で企画が足りなくなった背景をどのように捉えている?

若林:チャネルが多様化する中、多くの企業がアウトプット先のアップデートに注力する一方で、中身であるコンテンツをアップデートしようとは考えなかったのではないかと思っている。もちろんディストリビューションをきめ細かくやるのは重要だし、一種のクリエイティビティーが必要だが、肝心の中身が時代とズレてしまっている。例えばスポーツ分野であれば、eスポーツなどの面白いビジネスは盛り上がっているのに、取り上げているスポーツ誌は少ない。一方でアメリカの「ティーン・ヴォーグ(Teen Vogue)」のウェブでは、デジタル・エディトリアル・ディレクターにフィリップ・ピカルディ(Phillip Picardi)が就任して以降、政治的な要素をコンテンツに取り込み、PV(ページ・ビュー)数を4~5倍にしている。トランプ大統領の報道が跡を絶たない中、「若い子は政治に興味がない」という偏見を取り除いた。メディアとして新しいモノの見方ができた一つの好例だろう。

WWD:コンテンツをアップデートするためにはどうすれば良い?

若林:1つはプレイヤーを変え、新しい観点を取り入れること。アップデートできない理由に、メディアサイドや取り上げる対象が変わっていないことがある。音楽で言えば、ずっと前にヒットしたアーティストを「FNS歌謡祭」(フジテレビ系列)が未だに最前線で出している。 “懐メロ”という概念がなくなってきている。20年近く前に一世を風靡した人やネタを「みなさんご存知の」といった形で取り上げても、意味がない。もう1つはベンチャー的な資金調達の方法などを駆使して、もっと投資をすること。ウェブメディアもしっかり運用しようとすれば資金が必要になってくるが、社内の資金でまかなおうとしても難しいのが現状だ。海外ではヴァイス(vice)などが、投資家から資金を集めてメディアを運営していたり、「投資家はジャーナリズムに投資すべきだ」といった記事が出始めたりしている。そういった考え方が今後、日本でも必要になってくると思う。

WWD:「NEXT GENERATION BANK」を制作した経緯は?

若林:「アナザーリアルワールド」でこの春にフィンテック関連の企業に視察に行った際に受けた影響が大きい。また、ヨーロッパで今年施行された、企業が持っているデータは個人のものであるとするEU一般データ保護規則(GDPR)もきっかけの1つだ。キャッシュレスをはじめ、デジタル化やモバイル化が進む中で、銀行もデータのセキュリティーが非常に重要になってくる。インターネットが世の中を大きく変え、浸透していき、ついにお金や医療データや保険などの社会生活にも到達してきた。今まではスマホをみんなに行きわたらせ、使い方を覚えさせるための練習期間だったが、今後は社会そのものに関わってくる。その時に何が起こるのかを金融の観点から迫った。

WWD:社会のデジタル化に対する意識は、日本では遅れている?

若林:遅れてはいるが、GDPRに関しては、EU圏で仕事をする人たちは意識しなければいけなくなってきている。アップル(APPLE)の最高経営責任者であるティム・クック(Tim Cook)もアメリカは連邦レベルでGDPRと同じことをすべきだと語っており、今後アメリカにも拡大していくだろう。日本も社会の仕組みが徐々に変わっている中で、今後対応していく必要が出てくるはずで、メディアとしてももっと訴えかけなければいけないと感じている。

WWD:今回のムック本の制作でこだわった点は?

若林:タイトルの文字組みをあえて崩すなど、ジン(ZINE)を意識して制作した。正直、今までは素人が作っているものだとジンを軽視していたが、最近はコンテンツの新しい芽があると感じている。今のところ予定はないが、もし次を作るとしたら最初に取材する人を3人ほど決め、取材先で「次に誰に会ったらいいですかね?」と聞きながら取材した人順にページを作っていき、一定のページ数になったら打ち止めて雑誌を作る、というのも面白いなと思っている。

WWD:黒鳥社は今後、どのようなコンテンツを作っていく予定か?

若林:直近だと、12月15日に音楽ビジネスに関するカンファレンスを行う予定だ。先々のことで言うと、編集を志望する若手の面白いアイデアを形にできるような仕組みの作ってみたり、コンテンツとしてではなく、アジアの人たちを一緒に何かビジネスができたら面白くなるのではないかと思っている。

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