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不屈な精神が女優魂のルーツとなったハリウッド女優・菊地凛子。恋愛も最強の女です!【夏目かをるの最強女になる!vol.32】

  • 2018.12.1
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新垣結衣と松田龍平がW主演を務めるドラマ「獣になれない私たち」(日本テレビ)で、ひときわ目立つ存在の菊地凛子。

晶(新垣)と恒星(松田)と、晶の恋人・京谷(田中圭)に、京谷の元カノ・朱里(黒木華)と、先が読めない4人のぐちゃぐちゃな展開に、菊池が演じるデザイナー・呉羽がさっと登場することによって、物語が大きく動きます。

京谷(田中圭)に突然強引にキスして一夜を共にする自由奔放さと裏腹に、恒星(松田)との“互いに都合のいい関係”に終止符を打った辛い過去を持つ呉羽。そのいきさつをからっと話す下りに、「女性としての生き方」を投げかけてくれたと、ネットでは大評判になっています。

テレビ画面に出るだけで、強烈なオーラを放ち、大胆な演技で観る人を虜にする菊地凛子。

彼女が一躍有名になったのは、2006年の映画「バベル」(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督)で聾唖(ろうあ)の女子高生・綿谷千恵子役。

その演技力が高く評価され、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされます。惜しくも賞を逃しましたが、共演したケイト・ブランシェットが「息ができなくなるくらい哀切極まりなかった」と絶賛のコメント。

その後の菊池の活躍は、松山ケンイチ主演、水原希子と共演した「ノルウェイの森」(トラン・アン・ユン監督)では、繊細な直子という女性を演じ、「バベル」の千恵子とは全く別人のキャラクターを演じると「菊池は本物の女優」とさらに評価が高まったのです。

彼女の成功は、演じることへの不屈な精神が存在していたからです。しかもやり遂げるという力も備わっていたのです。

彼女が「本物」となったのは、必然だったのでしょうか。それとも別の理由があったのでしょうか。

菊地凛子の不屈の精神を持つまでの過程をたどりながら、人として、女として、成長することを考察してみたいと思います。

菊地凛子が「本物」となった経緯とは?

菊地凛子は1981年1月6日、神奈川県秦野市生まれ。

両親と11歳上、9歳上の兄と5人家族で、父親は空調機器部品を製作する工場を経営していましたが、彼女が小学校4年生の時に病死します。その後、母親が父の跡を継いで経営者になり、年上の兄たちに可愛がられて育ちます。幼少の頃から乗馬や居合を習い、15歳の時にスカウトされて、1999年に映画「生きたい」(新藤兼人監督)でデビュー。でもその後はオーディションを受けるものの、3次、4次まで残って最後に落とされることが続きます。

その頃、友人だった俳優の加瀬亮の勧めで、加瀬が所属している浅野忠信の父親が代表の事務所へ移籍。そこは事務所の力が関係しない平等なオーディションでチャンスを掴むことを推進していました。菊池は自ら積極的に国内外のオーディションに参加し、「25歳でダメなら女優をやめよう」と覚悟を決めて、映画「バベル」のオーデジションに臨んだのです。

崖っぷちに立たされたの菊池はイニャリトゥ監督に気に入られ、最終候補に残ったのですが、監督が聾唖(ろうあ)の女子高生役に、本物の聾唖者を選定する可能性を捨てていなかったため、菊池は1年間待たされます。その間、菊池は聾唖学校に通い、普段から言葉を使わずに、手話だけで過ごすという役作りを徹底。その努力が実って、とうとう役をゲットしたのです。

ところが現場では取り直しの連日。菊池は精神的に追い込まれていきます。

「精神的に追い込まれて食べれない、眠れない、もうやめてやれと何度も思い、そのたびに女優をやめることが人間をやめることと考え直して現場へ」(「AERA」2009年8月3日号)。

全裸姿で自分の感情を吐き出す迫真の演技は、テイク(撮り直し)を重ねて、精神的に追い込まれた末に、生まれてきたもの。菊池の演技をブラット・ピットも次のように絶賛しました。

「普通じゃないね、リンコは。ぼくも褒めざるを得ない、才能の持ち主」(女性セブン2007年3月29日)

さらに「ノルウェイの森」の直子役をゲットした過程にも、彼女の強い意志が導いたのです。

「ノルウェイの森」の出演俳優をオーディションで決めることを知った菊池は、『「あれ? わたし、オーディションを受けていないぞ!と思って、この映画のプロデューサーである小川さんに電話して聞いたら、わたしにフィットしないということで、そのオーディションのリストから外されていたそうなんです。でも、それはちょっとフェアじゃないと思ったのがきっかけでした!』と一度、断られたものの「そこで、どうしてもやらせてほしいということを何度も言ったんです」(「シネマトゥディ」2011年12月21日)

するとビデオ・オーディションという流れになり、翌日、監督と面談。その場で菊池は「役がもらえるのかを聞きに来ただけで、この直子の役柄についての自分の演技のアプローチの説明をしたくはなかったんです」と言うと、「今までそういう風に言ってきた女優はいなかった」と監督が唸り、菊池は直子役を見事に獲得したのです。

菊池凛子の成功は、努力、度胸、粘り、この3つが備わっていたからでしょう。

それにしても、元はといえば繊細な女性が、なぜ強靭な精神を持った女優になれのでしょう。

「自分がやりたいことだからどうしたってあきらめられない。だから私はそういうネガティブな感情すら認めて、演じることに利用してやろうと思っていましたね」と、某女性誌で演じること=私のアイディンティと明言したのです。これこそ、女優魂の何者でもありませんね。

菊池凛子の恋愛遍歴は?

さて女優であることに全身全霊を注ぐ菊池は、どのような恋愛遍歴を持っているのでしょう。

10年ごろから「マルコヴィッチの穴」などの作品で有名な12歳年上のスパイク・ジョーンズ監督と同棲、そして破局。

その後、13年秋に、文化庁の文化交流使としてイスラエルに留学する俳優の森山未來の送別会で知り合った俳優の染谷将太と15年に恋愛結婚。翌年出産。

女優の桃井かおりから「年下はいいわよ」とアドバイスをされた菊池は、11歳年下の染谷にアプローチしたそうです。

女は最初に年上男性と付き合い、最後は年下男性と一緒になるのが理想と言えますが、菊池は女としての幸せも見事に掴んだ、まさに当代随一の最強女なのです。

(夏目かをる)

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