1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 村上隆とヴァージル・アブロー、インスタグラムを駆る二人のアーティストは何を狙うか。

村上隆とヴァージル・アブロー、インスタグラムを駆る二人のアーティストは何を狙うか。

  • 2018.11.19
  • 1021 views


村上隆とヴァージル・アブロー、インスタグラムを駆る二人のアーティストは何を狙うか。
2018.11.19 08:00
村上隆とヴァージル・アブロー。二人の3度目の共同展がLAで開催された。彼らがタッグを組むその意図や、思想の共通性とは? ---共同展とともに、両者が深く繋がるきっかけとなったフェス『COMPLEXCON』を訪れたナカヤマン。が、その様子とともに分析する。


ロサンゼルスのガゴシアン・ギャラリーで村上隆とヴァージル・アブローの共同展『AMERICA TOO 』が開催された。今春にガゴシアン・ロンドンで『Future History 』、初夏にガゴシアン・パリで『TECHNICOLOR 2』を展開後、3度目のコラボレーションとなる。

 

展示は過去二回と同様、村上の「Mr. DOB」「Dokuro」「Flower」と、オフホワイト(OFF-WHITE)でお馴染みのアローやイタリアの画家Gian Lorenzo Bernini(ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ)の自画像とのコンビネーション。ペインティングの他、スカルプチャー、ネオン管を使ったインスタレーションなどが展示されていた。立体作品はどれも2.5メートルを超える。

 

筆者は今春、ニューヨークのギャラリー・ペロタンで開催された村上の個展『HEADS↔HEADS』も訪問している。そこで拝見した村上の作品は、メディアで見るのとは比べ物にならないインパクトがあった。線は美しく、磨きは丁寧で、存在感に溢れていた。それと比べると『AMERICA TOO』の作品群は、幾許か仕上げの荒さが目立つ印象を受けた。その反面こちらでも、ライブで見るから気づく別の価値があった。

 

それを記すには、『AMERICA TOO』の直後に開催されたCOMPLEXCON 2018も併せた方が効果的だろう。まず重要なトピックとして、村上とヴァージルの共同展の切っ掛けになったのは昨年のCOMPLEXCON 2017だと言われている。

COMPLEXCONの熱狂的な盛り上がりの理由。


COMPLEXCONはカリフォルニアのロングビーチで開催されるアート、ファッション、スポーツ、音楽を軸にしたフェスだ。去年参加した友人から聞いていたのは、参加者の購買意欲の凄まじさ、特にスニーカーのコレクター(インスタグラムのハッシュタグでも有名な所謂Sneakerhead)と転売ヤーの勢いが凄いということ。実際、今年も購入目的の200人以上が前日から列を作り、開場までに会場を取り囲んだ大行列が入場を終えるのに3時間を要した。

 

去年からCOMPLEXCON 2018には様々な噂が飛び交っていた。運営の中心人物が抜けたこと、その影響でファレル・ウィリアムスたちの出演が危ういとも耳にした。今年立ち上がったHypefestとの競合も課題だっただろう。実際、ナイキ(NIKE)は単独では不参加で、その影響は大きいと体感した。


それでも来場者の熱気が冷めやらなかった大きな要因は、会場内の多くのコンテンツを担った村上隆と、登壇する講演に2時間前から行列ができ、入れなかった来場者から怒号が飛び交うほどの人気だったヴァージル・アブローの存在だ。それを象徴するように、会場の中庭では共同展『AMERICA TOO』と同モチーフの巨大なバルーン・インスタレーションがアイコニックに鎮座していた。


 そしてCOMPLEXCONの来場者の特徴は何より足もと。当然というかスニーカーの着用が9割9分、なんとその6割がナイキだ。更に ナイキ(NIKE)オフホワイト(OFF-WHITE)が全体の2割以上いることに驚愕した。


開場前の行列の足もとを捉えた写真の中で4人の  ナイキ(NIKE)オフホワイト(OFF-WHITE)、内2人がUniversity BlueのJordan1を履いている。プレミア価格で売買されるレアモデルがこの割合で見受けられることからもヴァージルの影響力を実感せざるを得ない。

村上とヴァージルのそもそもの出会い。


ヴァージルと言えばご存知の通り、ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)のメンズのクリエイティブ・ディレクターに就任した話題の人物だ。2019年春夏シーズンに発表した彼のアイテムは、10月に一部エリアで先行発売され、既にインスタグラムを賑わせている。

 

筆者はラグジュアリー領域やストリートラグジュアリーブランドのデジタルプロモーションの企画・制作を生業としている。だからこそ特に感じたのだろうが、6月21日にヴァージルが手掛けたルイ・ヴィトンのデビューコレクションと、その直後数分のWeb上の現象を見て恐ろしいニューカマーが現れたと思った。ランウェイ最後の瞬間の「号泣するヴァージル、讃えるカニエ・ウエスト、見守る村上隆」の3ショットが、ミリオン越えのセレブリティのインスタグラムから恐ろしい勢いで拡散されたのだ。


彼は自分のデビュー、自分のキャリア、自分のファッション以外の才覚を一枚の写真に集約し、SNSを使って世界中に、しかもポジティブに知らしめることに成功した。

 

ルイ・ヴィトンのデビューコレクションでそんなことが出来るだけでも異常だ。加えて、その前日にオフ・ホワイトのコレクション、翌日には前述ガゴシアン・パリの共同展『TECHNICOLOR 2』の立上げを行なっている。更に連日のアフターパーティーではDJまで行なっていたのだ。このヴァージルの人間業とは思えない仕事密度が、実は村上とのコラボレーションを実現したと聞いている。


二人の出会いはヴァージルがカニエ・ウエストに従事していた時に遡る。村上に映像制作を依頼したカニエ側の担当がヴァージルだった。村上はその事実をCOMPLEXCON 2017での再会後しばらくしてから認識することになるが、意気投合した二人はコラボレーションを検討し始める。ここで、年単位の進行をイメージした村上に対して、ヴァージルは数ヶ月でそれを仕上げて来たと言う。

 

地道な努力に加え、新しいテクノロジーを取り込む柔軟性、それらが可能にするヴァージルの圧倒的な仕事密度、スピード感、そして天性のものと言うべきかSNSを巧みに用いて自在にブランディングするスキル。これらが村上を触発したと言うのだ。


では、『AMERICA TOO』とCOMPLEXCON、二つを並べて見えることとは何か。


現在、ビジネスの世界では「アート」がキーワードである。2017年から始まったこのトレンドは最近、特に加速している。ここで言う「アート」とは芸術そのもの以外に「感性的思考」を指す。また対比して科学ではなく「論理的思考」の意味で「サイエンス」と表現するのが山口周氏のヒット著作以降、定着している。


数値と効率を求め「論理的思考」で発展したビジネスシーンが成長の限界を迎えている。「サイエンス」が可能にする伸び代を食い尽くし、次に求めたのが「アート」と言える。なにしろ物事には両極が必要なのだ。「サイエンス」だけでは人類は幸せになれないという一つの結論が出たと言っては言い過ぎか。

アートにサイエンスを。


冒頭の『AMERICA TOO』に話を戻す。会場に居るとどうにも来場者に目が行く。現代アートの画廊で最も影響力が大きいとも言われるガゴシアンにいる来場者の1/3がオフホワイト(OFF-WHITE)を着用している。8割が2人組。滞在時間はかなり長い。理由は明確。ずっとお互いを撮影しているからだ。

 

ギャラリーの様子を切り取ると、常に最低3人以上がスマホを構えている景色が撮れる。すなわち3人以上が作品に背を向けてカメラにポージングしている。インスタグラムのためにギャラリーに長居する来場者にとって、2.5m高のスカルプチャーが最適なサイズに見えてくる。2.7m高のネオン管のインスタレーションはゆっくりと点滅しながら回転しているが、角度と発光が兼ね合うベストショットの瞬間を待ちわびて、スマホを構えたまま彼女たちの滞在時間は更に伸びていく。ゆっくり回る二回転につき、一度しかその瞬間が来ないのだ。

 

『AMERICA TOO』はアートシーンのターゲットのためだけに準備された展示だろうか。この共同展は二人が獲得し得る全ての可能性を総取りしようとして、成功しているようにみえる。


『AMERICA TOO』の軸が「アート」であるのに対し、COMPLEXCONは「サイエンス」然としたビジネスがエンジンである。「サイエンス」の場所に「アート」を持ち込もうというコンセプトだ。ここでの二人の影響力は先に述べた通りである。


ひとつの仮説が浮かぶ。村上とヴァージルは「アート」と「サイエンス」の究極の融合を試みている。「アート」の場に「サイエンス」を持ち込む。他方で「サイエンス」の場に「アート」を持ち込む。この2つを交互に繰り返す。水と油を融合させる実験として、これほど効率が良い手法はない。

 

これは筆者の独断だが、村上もヴァージルも、「サイエンス」を十二分に理解する「アート」ポジショニングの才能である。ビジネスシーンが「アート」を求める時代に、最も望まれるパートナー像と言える。だが本来、彼らのポジショニングでは、どうしても欠ける要素があった。消費者を理解することである。「サイエンス」脳を持ち合わせていても、連続性をもって機会を得なければ理解できないのが、消費者でありマーケットである。


ところが潮目が変わった。インスタグラムで大量のフォロワーを抱える彼らは、彼らのエージェントよりもメディアよりも、自らが消費者を理解する日常を手に入れた。そして行う「アート」と「サイエンス」を混ぜる二種類の実験は、交互に実行する度に、彼らのサンプル数を更に最大化する。自分のアート作品(またはプロダクト)を購入する層だけでなく、マーケットを広く理解し次のステップに進んでいける。

 

筆者が考える「アート」x「サイエンス」の第一人者は、これまでも取り上げてきたバンクシーである。村上とヴァージルは全く違うアプローチで新しい実験を回し始めた。画壇だけでなく、消費者の意思もアーティストとその作品の評価に影響を与えるこの時代に、二人の実験は何をもたらすのだろうか。今まさに世界が渇望する「アート」を手に入れるのは彼らかもしれない。

Naka_yamaN(ナカヤマン。) 

京都のアーティスト、マーケティングスペシャリスト。ファッション領域に特化したデジタルエージェンシー"ドレスイング"の代表を2007年設立から十年に渡り務める。ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)グッチ(GUCCI)シャネル(CHANEL)ディオール(DIOR)などのラグジュアリーブランドをパートナーに活動。 2017年、ロサンゼルスに5cream1ouder Inc.を設立。ラグジュアリーブランドの米国、日本、中国市場を対象にデジタルコンテンツの企画・制作を手がけている。

Photos & Text: Naka_yamaN

元記事で読む
の記事をもっとみる