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日本初公開! 別府の空を映し出す、アニッシュ・カプーア展。

  • 2018.10.24
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日本初公開! 別府の空を映し出す、アニッシュ・カプーア展。
2018.10.24 08:00
毎年一組のアーティストを招き、別府の地域性を生かした展示を行う芸術祭『in BEPPU』が始まった。今年の招聘アーティストは、ムンバイ出身の英国人アーティスト、アニッシュ・カプーア。今回が日本初公開となる、代表作『Sky Mirror』も注目を集めている。海と山に囲まれた温泉地、別府を舞台に、彼の作品はどんな知覚体験をもたらすのだろうか?  アートライターの住吉智恵がレポートする。

別府の温泉街に、世界的アーティストの作品が現れた。


大分県全域で11月25日まで開催中の「国民文化祭、全国障害者芸術・文化祭『おおいた大茶会』」。多くの上質のアートイベントが同時開催されるなか、別府公園で行われている「アニッシュ・カプーア in 別府」は別格のものだった。


現代美術を代表する作家の1人であるインド・ムンバイ出身の英国人アーティスト、アニッシュ・カプーア。近年では、ロンドンオリンピックのモニュメント 『オービット』 (2012年) 、世界初の可動式コンサートホール 『アーク・ノヴァ』(13年)、ヴェルサイユ宮殿での個展(15年)などで知られ、数々の受賞歴と共に、英国王室よりナイトの称号を授与されている。


ここ数年、プロジェクトの規模と共にどんどん大型化してきたカプーアの彫刻作品が、温泉町・別府の野外公共空間に忽然と現れたと聞けば、「本当なの? 見ないと信じない」というのがコアなアートファンの反応であろう(もちろんそれは現在彼の作品の持つ市場価値によるところも大きい)。


   

各国で買い占めて話題に。顔料を改良した、特別な"黒"がここに。


さっそく別府へ飛んでみたところ、本当にカプーアの作品は公園にあった。チケットボックスから木立を抜けて会場へ向かうと、まず2つの仮設パビリオンがあり、順に鑑賞するよう案内される。


1つめのパビリオンには、カプーア自身が制作のために買い占めた、光の99.96パーセントを吸収する、稀少な顔料「ペンタブラック」を使用した作品《Void Pavillion V》(2018)がある。


薄暗さに眼が順応するまで待つと、しだいに輪郭を現すドーム状の凹み。その奥行きは漆黒の闇に消え、全くの二次元のようでもあり、無限の三次元のようでもあり、別次元への入り口が開かれたようにも見える(ゆえに写真は撮っても意味がないのでありません)。


平日昼間なので老夫婦が何組か訪れていたが、無言でしばらく佇み、無言で去っていった。夕餉の食卓で、彼らはあの非現実的な〈虚無〉をどう話題にしたのだろう。


続く建物の空間では、大地や身体の内側から湧きあがるマグマのようなエネルギーを表現する作品群で構成された、企画展 『コンセプト・オブ・ハピネス』を観ることができる。 またここでは、2009年に英国のロイヤルアカデミーで、存命作家として初めて個展を開催した際、BBCが制作したドキュメンタリー映像が上映されている。50分あるが素晴らしいのでぜひとも観てほしい。

別府の空と景色を映し出す、日本初公開作品『Sky Mirror』へ。


そして遂に《Sky Mirror》(2018)が視界に現れた。樹々の中にぽっかり空いた芝生の空間に設置されたパラボラ型の大きなミラーは、思いのほか“ほどよい”ヒューマンスケールのサイズ感だ。


本作のシリーズは、これまでも世界各地で展示場所の空と景色を刻一刻と映し込んできた。筆者が訪れた日、凹面には秋の雲が切れ切れに浮かぶ上空のイメージが、凸面には私自身を含むささやかな地上の営みを切り取ったイメージが、くっきりともたらされていた。


それは一見、先ほどのパビリオンで目の当たりにした暗黒の異次元空間とは対極の、光躍る無限の広がりにも思えた。しかしそうだろうか? 2つの作品が見せる光景とは表裏一体のものではないのか。


どれくらい深遠なのか認識できない闇。どれくらい広大なのか想像もつかない空(くう)。それらは同じく「宙を穿つ」空間であり、唯一無二の「宇宙の時間」という概念を取り込むものではないか。

温泉地の自然的特性が、展示コンセプトへと繋がった。


カプーアは本展にあたり、別府そして温泉地という土地のもつ特性を捉えることからプランを始めたという。地球のマグマ活動によって熱せられた地下水が湯や蒸気となって空へと昇り、雨となり再び大地に還る。このような永久循環をコンセプトに、Beppu Projectが本展を企画した。


その根幹には、カプーアが青年期に出合って以来、弛まず探求してきた仏教やインド哲学などの東洋的世界観があり、そこでは「表と裏」「陰と陽」といった対極にあるものが共存する。


前述のドキュメンタリー映像のなかで観たカプーアの表情と言葉は、04年に金沢21世紀美術館開館記念展のために来日したときに、片町のバーで隣り合わせた気さくなインド出身作家の高貴さと不敵さをそのままに、穏やかな自信に満ちあふれている。そして彼が語る言葉はいずれも心憎いほど示唆的で大胆だ。


「自分のために作品をつくっている。自分にとって良いものであれば人にも良いものだと思うから」(ルイ14世か?)


「彫刻作品は巨大化すると怪物になる危険がある」(マッチョな彫刻家諸氏は気をつけよう)


「作品と共に私は知らないところへ行く。観る人にも行ってほしい」(先輩についていきたい)


私たちはアニッシュ・カプーアの作品の縁にただ立ち尽くし、オブジェの完璧な仕上げの肌理のなかに引き込まれていく。いつかその果てに、カプーア自身が語るように、「物理的体験を共有する空間」に宿る精神性の高みを見いだすことができるのだろうか?

アニッシュ・カプーア (Anish Kapoor)

1954年インド・ムンバイ生まれ。ロンドン在住。ホーンシー・カレッジ・オブ・アート (1973〜77年) の後、ロンドン・チェルシー・スクール・オブ・アート大学院 (1977〜78年) で学ぶ。近年の主な個展に、ヴェルサイユ宮殿 (2015年) 、 『リヴァイアサン』 グラン・パレ (パリ、2011年) 、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ (ロンドン、2009年) など。恒久設置されたコミッション作品に、シカゴ ミレニアム・パークの 『クラウド・ゲイト』 (2004年) 、ロンドン オリンピック・パークの 『オービット』 (2012年) 、世界初の空気注入による可動式コンサートホール 『アーク・ノヴァ』 (2013年) など。第44回ヴェネツィア・ビエンナーレ (1990年) ではイギリスを代表し、デュエミラ賞を受賞。1991年、ターナー賞受賞。 2011年、高松宮殿下記念世界文化賞受賞。13年、文化貢献に対してナイトの称号を授与される。17年にはジェネシス賞を受賞。

アニッシュ・カプーア IN 別府

会期:2018年10月6日(土)〜11月25日(日)

会場:別府公園
http://inbeppu.com/

国民文化祭、全国障害者芸術・文化祭『おおいた大茶会』

会期:10月6日(土)〜11月25日(日) 

会場:大分県内各所

・ 大巻伸嗣展『SUIKYO』10/6-11/25 (日田市) 

・ 『なかつ水灯り2018』10/6-11/25 (中津市) 参加アーティスト:髙橋匡太 ほか

・ 『きつき大茶会』 10/20-21 (杵築市) 企画・デザイン:graf

・ 日田市水害復興芸術文化事業 『日田の山と川と光と音』 10/27 (日田市) 参加アーティスト:Rhizomatiks Architecture、Salyu

・ KASHIMA 2018 BEPPU ARTIST IN RESIDENCE(別府市) 参加アーティスト:Nerhol、Sabrina Vitali

・ 宮崎勇次郎展「大大分図 想像の泉」展 アートプラザ(大分市)

・ 磯崎新 建築展示室 アートプラザ(別府市)
http://www.oita-kokubunsai.jp/住吉智恵(Chie Sumiyoshi)

アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。『VOGUE』ほかさまざまな媒体でアートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍ら、アートオフィス「TRAUMARIS」を主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。10/20〜28開催『蒐集衆商』(スパイラル)のセレクターを務める。バイリンガルのカルチャーレビューサイト「RealTokyo」ディレクター。http://www.realtokyo.co.jp

Text: Chie Sumiyoshi

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