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陶芸家インゲヤード・ローマンと用の美と。

  • 2018.9.28
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北欧を代表するデザイナーであり陶芸家のインゲヤード・ローマン。彼女がこれまで手がけたガラス器や陶器、建築空間などを一堂に紹介する展覧会が東京国立近代美術館工芸館で開かれている。光がたっぷりと差し込む展示室に並べられた作品に込められた想いとは?

身に纏う服はいつも黒。そぎ落とした美しさを追求するデザイナー、インゲヤード・ローマン。

 

自然の光のもとでこそ、美しく輝く作品群。

インゲヤード・ローマンは、1980年代からスウェーデンのガラスメーカー「スクルフ」や「オレフォス」にデザインを提供し歴史に残る名品の数々を発表してきた人物。彼女がデザインするプロダクトは、グラスやカラフェなど日常生活で頻繁に使うアイテムがほとんど。機能性を重視したシンプルなデザインは、彼女の真骨頂だ。インゲヤードは言う。

 

「私は、ものにとってなによりも重要なのは、形だと考えています。シンプルな形は生活を豊かにします。なぜならシンプルなものは、そこに置いているだけでは、ハーフライフ(半分)しか使われたことにならないけれど、そこに人が関わり使うことで、初めてフルライフ(すべて)を全うすることができるから」

 

インゲヤードが作り出すのは、鑑賞することを目的とする美術品ではなく、毎日の生活の中で使い、楽しむことで輝くプロダクトだ。それを感じてもらうため、今回、彼女は自然光の中で作品を展示することにこだわった。

 

「展示室の窓のカーテンを開けてほしいというのは、美術館との最初のミーティングでいちばんにお願いしたことなんです。私は、デイライトが大好き。自宅で自分がデザインしたグラスを使う時に近い環境で、作品を見てもらいたいと思いました」

 

漆工や染織など歴史ある貴重な工芸作品を展示する東京国立近代美術館工芸館では、作品保護のため、窓を閉じ、展示作品にとって適切な照明を調整するのが通常。窓を開け放ち、自然光を取り入れて展示するのは、前例のないことだという。そんな場所にずらりと並べられたインゲヤードの作品は、街中のショップであれば誰もが気軽に手に取ることのできる暮らしのプロダクトでありながら、美術館という空間に置かれることで、たちまち美術品に引けをとらない美しさを放つ。そのプロダクトが美術館という空間でこれほど輝く理由は、インゲヤードが、これまで徹底して、暮らしの中に美を見いだしてきたからにほかならない。

 

思い立った時にさっと喉を潤すというシンプルな機能性をデザインに落とし込んだカラフェとグラスのシリーズ。

 

インスピレーションはいつも生活の中から。

 

インゲヤードのデザインのインスピレーションは、いつも生活の中から。なかでも1968年に初めてデザインしたカラフェは、その後、形や大きさ、色を変えて、何度も発表している。カラフェの口にグラスをのせた「カラフェとグラス」のシリーズは、いまでは、彼女の作品の定番だ。

 

「私は、毎日の生活の中でいつも、無意識のうちに、ものをジャッジしているのだと思います。最初にデザインしたカラフェはもちろん、自分で作ったものは、10年、20年、30年と使い続けています。そうしてわかったことは、使うことによって、私がそれらをもっと好きになっているということなんです」

 

自分自身が、毎日使って楽しむという経験の中で見いだした「用の美」。彼女はいま、それをもっと多くの人とシェアしたいと考えている。専属のデザイナーとして、長年仕事をともにしてきた「オレフォス」との契約が終了した数年前から、彼女はさまざまな企業やメーカーと一緒に仕事を始めているのだ。記憶に新しいのは、日本で手がけた有田焼「2016/プロジェクト」や「木村硝子店」とのコラボレーション。日本という国やその人々からは、いつもセンシティブなインスピレーションをもらっていると彼女は言う。

 

「私は1982年に旅行で初めて日本を訪れたのですが、その時、京都に足を運んだのをきっかけに、日本の街並みのそこここにあふれる繊細なあしらいや小さなディテールの数々に気付くようになり、大きなインスピレーションを受けました。その後も見るもの、触れるもの、出会う人からさまざまな影響を受けてきたと思います」

 

木村硝子店とのコラボレーションでも、ウォーターカラフェをデザインしたインゲヤード。これまで日本で体感したことや、日本人の生活に触れた経験をもとに割り出した形は、日本のコンパクトな食卓にもフィットするデザイン。高さを抑えた代わりに、風船のようにふんわりと膨らんだ形を提案し、小ぶりながらたっぷりと水を注げるものに仕上げた。

 

シンプルを貫き続けたデザイン人生。

 

順風満帆に見えるインゲヤードのデザイン活動だが、彼女が思い描くシンプルネスが世の中に受け入れられず、悩んだ時期もあったという。ガラスメーカーの絵付け師としてスウェーデンでキャリアをスタートした彼女は、当時からガラスそのものの美しさにひかれていたため、そこに絵を付けることに罪悪感を感じるようになり、きっぱりと仕事を辞めてしまう。その後の10年は、陶芸をして家計を支えることになるのだが、そこでも貫いたのは暮らしの中で使いたいシンプルなデザインだった。そうこうしているうちに、時代が彼女のセンスに追いついたのだろうか。ガラスメーカーの「オレフォス」から声がかかると同時に、彼女がこだわり続けたそぎ落としたデザインも人々に受け入れられていった。

 

 「シンプルなものこそ、難しい。世の中に流されていたら、いいものはできない。いま思えば、若い頃からそう確信していたのだと思います。自分自身でいることが、私にとってはなによりも大切だったし、いまでも強くそう思います。自分自身がいい状態、心地よい状態でありたい。私の気持ちが充実していれば、私が作り出すものは、必ずよくなるはずでしょう?人生も生活も複雑なもの、シンプルではないわね。だけどそこから逃げることはできない。だからこそ、仕事はできるだけシンプルにクリアに。いいものを作っていきたいと思うのです」

 

陶器の作品でも強い色は用いず、白と黒を多用するインゲヤード。白黒は、ものの形を決して隠さず、むしろ形に気付かせる色だという。

 

「白も黒も、本当はその中にいろいろな色を宿してる。そういうものを身近に置くことで、人は、それを感じようとセンシティブになれるものよ。あなたがすること、出会うことのすべてが、あなたを変えていく。ラグジュアリーである必要はない、ただ、センシティブであるべきだと思うんです」

 

暮らしのためのプロダクトのあり方も、人のあり方も、根っこは同じ。シンプルであること、センシティブであることが、ものも暮らしも美しくしていく。インゲヤードのデザイン活動は、そんなことに気付かせてくれる。

 

東京国立近代美術館工芸館の特徴である展示和室(モダニズム建築家・谷口吉郎設計)には、2018年スウェーデンの美術館のためにデザインしたダンボールの作品を展示。

 

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インゲヤード・ローマン

 

1943年、ストックホルム生まれ。61年にイギリスに留学。62年のスウェーデン国立美術工芸デザイン大学コンストファック在学中にイタリアで陶芸を学ぶ。卒業後、ガラスメーカー「ヨハンスフォース」に絵付け師として在籍するも、シンプルなものづくりを志し退職。10年間陶芸で家計を支える。81年よりガラスメーカー「スクルフ」、99年より「オレフォス」のデザイナーとして活動。現在は、さまざまな国のプロジェクトにデザインを提供している。

 

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