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「新八先生」「渡鬼」でも知られる名シンガーのツアーが始まる

  • 2018.9.12
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岸田敏志・稲田みづ紀・稲田しんたろう
KADOKAWA

【写真を見る】全国6カ所で開催される岸田敏志コンサートツアー2018

1970年代にシンガー・ソングライターとしてデビュー。「きみの朝」「重いつばさ」などの大ヒット曲を放った岸田敏志が、9月末より「懐かしい風景」と題する2018年のコンサートツアーを開催する。

歌手活動と並行して、ドラマ「1年B組新八先生」「渡る世間は鬼ばかり」(共にTBS系)やミュージカル「ミス・サイゴン」「屋根の上のヴァイオリン弾き」で演技者としても活躍。舞台音楽も手掛けるなど、数々の挑戦を繰り広げてきた岸田。

上記タイトルを冠して2018年に開催するツアーにはどのような思いを胸に挑むのか。

10月末の東京公演に参加する岸田の息子で作曲家・編曲家・パーカッション奏者の稲田しんたろう、娘でミュージカル女優・歌手の稲田みづ紀とともに話を聞いた。

――9月からスタートするツアーはどのような形になりますか?

岸田:これまでツアーはバンドだったり、弾き語りだったり、親子3人だったり、いろいろな形でやってきました。おととしの40周年の展開が終わり、それからはギター一本の弾き語りと、3人の編成でしばらくやって。今回のツアーは弾き語り中心で、東京だけ家族ともう少しミュージシャンを入れる形になります。

――東京以外はお一人で?

岸田:はい、もうギター一本でやります。

――セットリスト(楽曲)はもう固まっているんですか?

岸田:全部ではないけれど、これは絶対今回歌おうという曲は決まっています。

――演奏曲目を詳しくうかがうのは控えておきます。

岸田:ははは。ネタばらしになるからね(笑)。

――はい。会場で楽しみにしています。では、今回のツアータイトル「懐かしい風景」に込めた思いについて聞かせてください。

岸田:40周年が終わって、いろいろ考えることがあって。還暦も過ぎ、ファンの皆さんもセカンドライフの時代になっていく。フォークからニューミュージックの時代になっていった頃に、我々がやっていた音楽がこの日本で認められ、聴いてもらえるようになった。そういう時代が一段落ついて今を迎えてるわけですよね。

例えば、部屋の片付けとかをしている中で、そこに見つけた箱を開けて眺めていると、いろいろなことを思い出します。写真とか資料があれば、あの時この歌をあの場所で歌ったなとか、そんな風景を思い出すところがある。

ファンの皆さんも同じように年を重ねられた方も結構いらっしゃると思うので、その方たちも一緒に「ああ、そういえばあんなこともあったな」と思い出しながら歌を聴いて頂けるようにと考えて、このタイトルに決めた。そんな感じですね。

岸田敏志
KADOKAWA

――楽曲と風景、その例を語っていただいてもよろしいでしょうか。

岸田:そうですね。僕の歌に「れんげ草の唄」という曲があります。デビュー後なかなか売れなくて、本当につらい時代があって。でも忙しい。疲れ果てた時に、ふと田舎の風景を思い出して、田舎に帰りたいなって思ったこともあった。若い頃はずーっと都会に憧れていた少年も、都会でいざ暮らしてみると疲れて今度は田舎に憧れてしまう。そんな気持ちを歌ったのが「れんげ草の唄」です。

僕の生まれた町では、春になると一面のれんげ草、ピンクに染まる所があってね。そこで皆で遊んでた。ふるさと=「れんげ草」のピンクのイメージが僕の中に強くあります。

春先、移動中の新幹線からピンクの絨毯のように見える場所もあって、「ああ、れんげ草ばかり植えてるところもあるんだ」と考えると、すごくふるさとを感じるんです。

「れんげ草の唄」には、れんげ草という言葉はまったく出てこないけれど、ふるさとに夢破れて帰って来た時におふくろだったり、家族だったり、友達だったり、非常にあったかいものとしてそこに居てくれることに心癒やされる。夢破れたけれども、素敵なふるさとがある、そんな歌なんですね。この歌に描いているイメージは「懐かしい風景」、ふるさと・岡山の風景と言えると思います。

今年、岡山では大きな水害があって、すてきな風景の記憶がある岡山が、自然災害、水害に傷ついている。岡山って、水害なんかこれまで全くなかったのにね。

想像してなかったことが起こるんだなって皆驚いたと思うんですけども、それに負けちゃいけない。応援しながら、ふるさとの懐かしい風景を大事にしていきたいと思いますね。

――今回のツアー先には、沖縄も含まれていますが、沖縄の思い出について聞かせていただけますか。

岸田:実は、今年の春頃に久しぶりに家族で沖縄に行ったんです。僕にはライブで沖縄に行った時の記憶がないので、「沖縄やるのは初めてだと思う」って言ったら、現地に「いや、前にライブで聴いた」と言う人が1,2人いて、「え?」みたいな話があったんです。

たぶんその当時はヤングジャパンという事務所にいて、アリスとかバンバンとか海援隊とかと一緒に全国各地を回って、サッとやって、サッと帰るみたいな、その中に沖縄もあったのかなと思うんですけどね。

春、久しぶりに訪れた沖縄はとてもよかった。時間の流れがちょっと違いますよね。そういうこともあって、もう一回行きたい!と思って今回のツアーに組み込んだんです。

――プライベートのお話で構わないのですが、沖縄や、沖縄の「風景」で記憶に残ることはありますか?

岸田:ちょっと余談になりますが、僕の大学(京都教育大学)の同級生で体育学科だった友人に、沖縄から来た人がいて、それは「留学生」だったんですよ。まだ返還前で。

2年になった時に返還があって、パスポートが要らなくなったから、「おめでとう!」ってすし屋でお祝いした記憶があります。彼はガリを初めて食べたらしくて、このガリはうまいな~って、好きに食べられる壺に入ってるガリを半分くらい食べてました。そういう友人がいます。

沖縄を訪れた時のイメージは、戦闘機がとても低いところでゴーーッと飛んでいくのを、こういうことなのか!と思いながら見た記憶と、万座ビーチに子どもたちが小さい頃に連れて行った時の記憶。それが強く残ってます。

岸田敏志・稲田みづ紀・稲田しんたろう
KADOKAWA

――稲田しんたろうさん、みづ紀さん、その時の記憶はありますか?

みづ紀:ヤドカリを見つけて、遊んだ記憶はあります。

岸田:まず宮古島に行って。宮古島から久米島まで行って、久米島から漁師さんの漁船で、ハテの浜っていうところに行ったんです。白い砂浜だけしかなくて、ヤドカリとか貝が全部動くんですよ。

しんたろう:大量にいましたね(笑)。

みづ紀:私もそれを鮮明に覚えています。

岸田:とにかく沖縄は気候と時間の流れが全然違う。夜は飲みに行って、沖縄料理をいっぱい楽しんで。泡盛はうまいし(笑)。

しんたろう:天ぷらもおいしくて。名前を忘れたけど、アレは海藻? 山菜? 植物の名前のようだったけど、皆で食べたそれがホントおいしくて。天ぷらこんなにうまいんだって思った。

――お酒は皆さんお好きなんですか?

岸田:はい。3人とも大好き。親戚中みんな。二人も、この僕が「そろそろやめろよ」っていうぐらい飲むから(笑)。

今回は、一人で行って、向こうのイベンターさんと飲むかな。比嘉くんという、ピーエムエージェンシーの社長さん。昔、ヤングジャパンのマネージャーだったんですよ。「沖縄に帰ります」って言うから、引き留めたんだけど。沖縄でモンパチ(モンゴル800)が大当たりしてね。

――しんたろうさん、みづ紀さんが参加される東京のライブはどんな感じになりそうですか?

岸田:このパターンでやるのも久しぶりだよね。

しんたろう:しばらく弾き語りだったから。

岸田:40周年まではしばらく一緒にやっていたんですが。そこからは弾き語りが多くて。

みづ紀:イベントに3人で出演することはありましたけど。

稲田みづ紀
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――それぞれに意気込みをお願いします。

みづ紀:こういう感じにファミリーで、みんなでリラックスしてやるのは久しぶりだけど、息も多分ぴったりだと思います。

「みづ紀ちゃーん」って声を掛けて応援してくれる、あったかいお客さんもいたりするから、私もすごい楽しみです。

しんたろう:自分はパーカッション担当なので、一番後ろで、本当にオヤジの背中を見てる(笑)。オヤジの歴史の積み重ねというか、そうしたものを感じられる久々のライブなので、ファンの皆さんに楽しんでもらえるように頑張ります。

――お二人が歌われる場面はありますか?

しんたろう:僕はコーラス担当。みづ紀は歌います。

岸田:みづ紀とはデュエットもあります。コーラスは、もう一人ピアニストも参加するので、四声でいろいろな構成になりますね。

――岸田さんの楽曲を一番近くで聴いていたしんたろうさん、みづ紀さんに、岸田さんの楽曲の魅力についてうかがってみたいです。子どもの頃からよく耳にされてきましたよね?

しんたろう:ずーっと聴いていますよ。コンサートもついて行ってましたし、テレビで見たり、家で練習してるのを聴いてたり。それが日常になってました。

稲田しんたろう
KADOKAWA

――岸田さんにコンサートで歌ってほしい曲はありますか? 単純に好きな曲ということでも構いませんが。

しんたろう:いろいろあるけど、一つ選ぶなら「CO・CO・ROの旅」かな。

岸田:渋い歌を選んだね。

しんたろう:日本の美しさを歌った曲で、すごく好きですね。観客として聴いても心にしみるものがあります。

――みづ紀さんはいかがですか?

みづ紀:何曲もあるんですが、まず「重いつばさ」。

岸田:前向きな歌が好きなんだね。

みづ紀:後半のメッセージとか。小さい頃はあまり意味も分からず口ずさんでいたけど、大人になってあらためて聴いて、「あ、こういう意味があるんだ」と気付きました。歌詞の重みとか、「こんな切ない曲だったんだ」って。

あと、父の曲は女性がカバーしてもすんなりハマる曲が結構多くて。私も自分のライブで何曲もカバーしていますが、そこも魅力かな。若い人にも聴いてほしいなと私も思います。

――歌って気持ちのいい曲はどの曲ですか?

みづ紀:「部屋」という曲です。とても切ない曲で、感情がこもります。あと、私も「CO・CO・ROの旅」は好きです。日本人にはしみる楽曲だと思います。

岸田:僕らが当時作ってた曲だと、マイナー調で悲しい歌を歌うものが多かったんですけど、最近はメジャーの曲調で悲しい歌を歌うってのが多いんですよね。

「部屋」は、どマイナーな歌なので、こうした感覚ってあまり若い人たちは持っていないんじゃないかという気もしますね。そこに新鮮さを感じるのかもしれない。

――ライブにいらっしゃるお客さんはどんな方々ですか?

岸田:年齢層は50~60代ですかね。70代も。「きみの朝」が売れた時のファンや、「1年B組新八先生」(1980年放送)世代よりも上の方が多いかな。その方たちが、家族や子どもを連れてきて、そのまま毎回一緒に来るようになるパターンもありますね。

岸田敏志
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――若いリスナーを意識されることはありますか?

岸田:どうやったら若い人たちが聴いてくれるだろうかと考えた時期もありましたけど、世代というか、時代の流れというものがあるじゃないですか。

僕の中で、若い人たち向けに音楽を作るというようなことはもう考えることではないと整理した部分はありますかね。若い人たち向けの楽曲を発表したとしても、まずそれを若者に聴いてもらえるとも思えないし。

長く活躍している、サザンオールスターズとか中島みゆきさんとか、若い人たちも聴いているアーティストがいますよね。我々がずっと作って歌ってきたものとほぼ同じ音楽性の楽曲が、なんらかの形で若い人たちにも届く可能性はなくはないということ。何かのきっかけで聴かれた時に、新鮮な曲として届くことはあると思う。

僕らはやりたい音楽を思う形でやっている。歌が持つメッセージというのは、自分がアーティストとして生きる中で生み出したメッセージで、それが時代の中で変わっていくこともあるだろうし、僕が昔作った曲を若い人が今聴いて何かを感じる可能性ももちろんあるだろうし。

僕自身が若い人たちに向けてメッセージを投げかける感じでなくても、伝わることはあると思いますね。

――ありがとうございました。最後に、ファンの方々に向けてひと言お願いします。

岸田:もうすぐ45周年を迎えますが、これまで人生の中でいろんなことを考えて歌にして皆さんと共有してきたものを、また皆さんと語り合いながらコンサートを進めていきたいなと思っています。是非いらして一緒に語り合いながら僕の歌を聴いてください!

【写真を見る】全国6カ所で開催される岸田敏志コンサートツアー2018
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「風景」をタイトルに付けたツアーはきっと、聴き手の心に残る思い出のシーンをいっぱいに想起させ、気持ちを浮遊させるような時間を与えてくれる公演となるに違いない。

弾き語りでも、ファミリースタイルのアットホームな編成でも、その美しいメロディーにのせて届けられる、心地よく暖かな歌声は、いっぱいの包容力で聴く者を包み込んでくれる。その心地良い時間に酔いしれてみてはいかが。(ザテレビジョン)

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