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古くから伝わるヨガの考え方を学びなおそう

  • 2018.8.26
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Cover image by Yoga Hawaii Magazine

最近、ヨガクラスの後に深い瞑想で紅潮した生徒が近づいてきて、私に向かってこう言った。「方法がたった今分かりました。空中浮揚のことです。シャヴァーサナ(亡骸のポーズ)では、本当に地面から浮かび上がっているかのように感じました」

その感覚はよく分かる。プラーナ(生命のエネルギー)は両足が地球の中心に触れると同時に、体の中から高まるように感じるのだが、それはまるで至上の幸福の中で、宙を歩き、滑空しているかのようなのだ。運動や統合的なヨガのセッションの後に外に出ると、色はより鮮やかに見え、より鮮明に香りが鼻の中に満たされているように感じる。声、風、そして行きかう車の騒音もより強烈に迫ってくる。内にあるすべてがかつてない程により深く感じ、なおかつ周辺のすべてに結び付いているように感じる。ヨガの後、空間は浄化され、心は澄み渡る。本質がはっきりと現れ、私たちはざわめき、喜ぶ。そして、平和の喜びを感じる。どうしてこのようなことが起こるのだろうか?

左脳による答え: 筋肉を動かす分子

現代の神経科学者は、ヨガを行った後の状態は、改善された血液循環、臓器の浄化、ドーパミンの放出による当然の結果だという。要するに、ヨガで休息と消化系統をつかさどる副交感神経系が活性化したというのだ。迷走神経を刺激することで、快楽を与えるホルモンが放出され、認知力が強化され、至福の気持ちに至る。これは真実だが、40年前にヨガをプラクティスし始めたとき、私は事実と感情以上のものを求めていた。交通事故に遭い、臨死体験から生還し、ここに存在する理由、どこから来たのか、そして、どこに行くのかを探し求めていたのだ。

右脳による答え:エネルギー領域での陰陽の極性の変化

『行いの善悪の観念を超えたところに、ある領域がある。そこで会いましょう』とイランの詩人、ルーミーは書いた。彼のエネルギーの領域は普遍的かつ明確だ。

多くの哲学では、『ガイア』の領域、万物の時空母体、量子場、プラーナあるいは生命力の領域のどれかにおける信念を共有している。『大霊』は、すべてのヨガプクティスでより鮮明になり、この領域に存在する。ヨガは『大霊』との接触や恩恵をもたらす大きな精神的エネルギーの集合を培う。ハワイの人々はこれを先祖代々の領域を意味する『アウマクア』の領域と呼ぶ。キリスト教徒はこれを天国と呼ぶ。サンスクリットでは、領域は『プラクリティ』、領域を知る人を『プルシャ』と呼ぶ。

魂がチャリオットを導く

ヨガ哲学についての初期の書物である『カタ・ウパニシャッド』には絵入りの貴重な話がある。ヴェーダ経典の最も強力な象徴の一つ、チャリオットを用いた優れた例え話だ。『魂はチャリオットの主、体はチャリオット。直感はチャリオットの御者で、心は手綱だと知りなさい』というものだ。

御者は知性だ。乗客は個人の魂、あるいは『アートマン』であり、人生行路において、チャリオットの御者に指示を与える。感覚はまるで野生の馬のように、チャリオットを暴走する駅馬車のように引いて、境界線から断崖まで猛スピードで進む。困惑して怯える乗客を乗せて、御者は目に入っていない。しかし、ヨガでは、知性もしくは『ブッディ』は『アートマン』の指示で、馬力を制御するために使われる。ヨガでは、「見られるもの」、すなわち『パクリティ』は物質的な生活における物のことを指し、世界をいかに見るか、「見る人」を意味する『プルシャ』よりは重要ではない。個人の魂は、『パクリティ』の原風景を旅し、チャリオットに指示し、力強く成長し、より大きな『大霊』、すなわち宇宙の『プルシャ』と結び付くのだ。

アーサナとサンスカーラ

ルーミーの領域には、ヨガを通じて直接触れることができる。普遍的な光の領域につながった高い心の具現化を通じてのことだ。「心とは感覚の王者です」とB.K.S.アイアンガーは言う。「心、感覚、情熱、思考と理性を征服した者は、人類の王者です。こうした人は内なる光を持っています」ほとんどの問題は、真のアイデンティティが不明瞭になることから起きる。私たちは表面を包み込まれたエゴなのか、光と愛に満ちた宇宙なのか?私たちは馬なのか、あるいは『プルシャ』なのか?私たちのほとんどは、その「二つの心」のどちらにも当てはまっている。

ヨガはこうした個性を徐々に超え、人生の目的と欲望を統合するのに役立つ。私たちは、自分たちが地上になぜ来て、何者なのかを思い起こす存在を知っている。不滅の『大霊』だ。単純な心が習慣的に動く状態を『サンスカーラ』という。これは幼少の頃の経験や過去の生活に由来する。こうした精神的な痕跡は、一定の行動習慣を好むことや、『カルマ』という型にはまったやり方を形成する。『サンスカーラ』の存在は肯定的でも否定的でもある。無力な、誤った方向に導いてきた『サンスカーラ』の強化よりも、ヨガは心身に対して新しい肯定的な習慣を積極的に作り出すことに役立つ。新しい『サンスカーラ』は十分に力強くなり、新たに形作られた経路はより高い周波数に向けてエネルギーを誘導する。そうすると私たちはリラックスし、古い習慣を洗い流し、より堅実な決断を下し、ストレスの少ない生活を楽しむことができる。

ヨガマットに初めて乗った時から、深呼吸の方法をプラクティスし、早朝に座り、ろうそくの炎を見つめ、個人の光をより大きな光の領域に結び付け始める。完全に新しい生活を始めるのだ。習慣で動くのではなく、能力の幅を広げ、自分たちにとって本当に良いことを知り始める。見られるのではなく、むしろ見る人になる。かつての『サンスカーラ』が突然現れたら、その習慣に縛られてはいないということだ。すべての存在、形、生き物、エネルギー、可能性の領域を一つにすること関わる。これこそが行おうとしていたことで、ヨギは一体化されたと感じる。心よりもむしろ『プルシャ』が主導する。これまでに聞いたことがあるはず ― 「心に従いなさい」。「魂の決めるままに」。神話学者のジョゼフ・キャンベルが作ったフレーズの「至福に従いなさい」。これはとても重要なことなので、何度も耳にすることがある。でも私たちは、心は忠実なしもべでありながら、ひどい主人でもあることを忘れている。ヨガのすべての動きと呼吸が、私たちを不思議な力、神秘や神の遺産に満ちた共鳴場の『プルシャ』にもう一歩近付けてくれる。

ヨガ哲学
Yoga Hawaii Magazine

愛、呼吸と変革

最後に、ヨガはさまざまな関係、生気の回復、宇宙との関係を育むことへの祈りだ。愛ある関係と毎日の習慣は、解放された状態の非常に重要な部分だ。何千年もの間、私たちの祖先は、夜明けと共に起き、ランプをつけて水を注ぐという儀式を行い、最初と最後の呼吸の儀式を行った。あらゆる形のヨガは愛、人生や死に関する深い瞑想を引き起こす呼吸の意識を教え、こうして一つの特性を確立していく。すべてのプラクティスで最初と最後の呼吸を見ることで、意識、潜在意識、超意識状態の層を貫き、視点を再構築することができる。この開かれた新生面は『サマーディ』と呼ばれる。『サマーディ』では、束縛、『カルマ』の重荷、苦しみや痛みから解放される。私たちは時空と因果関係の限界を超越する。私たちは自由にヴルクシャーサナ(木のポーズ)で立ち、木になり、木に登り、それどころか空中浮揚することもあり得るのだ。

Translated by Hiroe Humphreys

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