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ドキュメンタリーの鬼才が語る、富と欲望の果て。

  • 2018.8.26
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ドキュメンタリーの鬼才が語る、富と欲望の果て。
2018.08.26 10:00
サンダンス映画祭のドキュメンタリー部門監督賞を受賞した『The Queen of Versailles (大富豪の華麗なる転落)』や、2015年カンヌライオンズを受賞したP&Gの生理用品ブランド「Always」のキャンペーンなどで知られるドキュメンタリー作家、ローレン・グリーンフィールド。約25年もの月日を費やした彼女の集大成的最新作『Generation Wealth (富の世代)』では、超富裕層が手に入れた富と欲望の顛末を通じて、私たち誰もが抱えうる闇に迫っている。作家自身が、本作から得たものとは何か。

お金が人を幸せにすることはない。


「誰もが金持ちになりたいと思っている。金持ちになれないのなら、金持ちの気分を味わいたいと思う。金持ちの気分を味わいたいと思わないのなら、その人はおそらく死んでいるね」


タイムシェアビジネスで巨万の富を得たものの、2008年の金融危機によりすべてを失ったアメリカ人実業家のデヴィッド・シーゲルは、ローレン・グリーンフールドによるドキュメンタリー『The Queen of Versailles (大富豪の華麗なる転落)』(2014年)のなかで、そう言い放った。そして、こう続けた。


「お金は人を幸せにしない。お金があっても富裕層の街の中で、不幸になるだけだ」


この言葉がきっかけとなり、グリーンフィールドは自身の永遠のテーマであった「富の影響」の実態について、さらに掘り下げることを決めた。そうして完成されたのが、最新作となるドキュメンタリー映画『Generation Wealth (富の世代)』だ。


アメリカの“公務員のトップ”といえる大統領が不動産実業家であり、リアリティー番組のスターであり、24金の塗装が施されたペントハウスの所有者である、今という時代は、大企業が政治を動かす資本主義=コーポレート・キャピタリズム(Coporate Capitalism)の極みだ。アメリカだけではない。アメリカの延長線上にある他の西洋諸国は、もはや、経済体制における道徳的指針を見失ってしまっている。

大切なのは、隣の友人よりもスマホの中のセレブ?


こうした時代に生きる我々は、自らを蝕むほどの消費欲という爆弾を抱えながら生きている。決して現状に満足できず、幸せになるためには、より多くの物やより大きな物、またはその両方を買う必要があるという呪縛に囚われてしまった。中毒性のある大衆文化にあおられ、現実世界の隣人よりも、メディアを介して触れ合うセレブたちと自分を比較するようになってしまったのだ。 


しかし、それをインスタグラムのせいにしてはいけない。90年代以降、グリーンフィールドは写真家、映像作家として、マテリアリズムやセレブ崇拝、人々の自己顕示欲について、作品を通して世に問いかけてきた。


97年に発表された彼女の初の写真集『Fast Forward: Growing up in the Shadow of Hollywood(早送りの人生:ハリウッドの影に育って)』では、メディア漬けの生活を送る現代の子どもたちが、子どもらしさを早々に失っていく実態を描きとった。


以降も彼女は、ユースカルチャー、ジェンダー、消費主義などをテーマに、写真集『Girl Culture』やドキュメンタリー作品『Thin』、『Kids Money』、『The Queen of Versailles(大富豪の華麗なる転落)』といった作品を次々に発表してきた。


「2008年の世界金融危機が起きて初めて、私の関心をとらえて離さなかった様々な事象に、共通のテーマを見い出すことができた。それらは同じテーマを持つ物語の一部であり、私の作品に登場する登場人物たちは、同じ過ちを犯し、不思議なほど類似した結果に苦しんでいた」


『The Queen of Versailles(大富豪の華麗なる転落)』の被写体となったシーゲルと妻のジャッキーは、アメリカ最大の私邸を建設していたが、最終的には、差し押さえられてしまう。


最新作である『Generation Wealth(富の世代)』には、FBIに追われ、アメリカで225年の実刑判決を受けた元ヘッジファンドマネージャーのフロリアン・ホムや、俳優チャーリー・シーンとの36時間におよぶ乱痴気騒ぎで有名になった元チアリーダーでポルノ女優のケイシー・ジョーダン(依存症に陥った末に破産)などが登場する。


こうした登場人物たちに共通するのは、コーポレートキャピタリズムにおける国際金融システムへの関与や、日常的なマスメディア依存、それに派生する自己の商品化だ。その意味でも、世界金融危機は一つの教訓であり、グリーンフィールドが記録しなければならないテーマだった。

終わりなき欲求という、社会の病。


富裕層の消費行動を扱ってきたグリーンフィールドの30年にわたるキャリアにおいて、本作は、現時点での集大成だ。そしてそれは、消費文化の中毒性に影響されない人など、誰一人としていないことを私たちに突きつける。当初は書籍化を計画していたが、グリーンフィールドは、過去に撮影した50万枚にもおよぶ写真の編集を行い、5万枚の写真を新たに撮影、500件以上のインタビューを行った。しかしグリーンフィールドは、執筆の途中で、ドキュメンタリー映画にすることを決めた。


しかし皮肉なことに、グリーンフィールド自身が、制作の過程であるパターンに陥っていることに気づく。


「次第に、仕事に対する倫理観が強迫観念と化していったことに気づいたわ。つまり、多くのもの(取材)を得れば得るほど、より多くを得たいと思うようになり、それが必要だと思えば思うほど、家族との貴重な生活が犠牲になっていった。これは、私が被写体としてきた人々が抱える社会の病と、まったく同質の病だった」


ドキュメンタリーに登場する人々は、よりわかりやすい破壊的な衝動や野望を持っていたが、中毒的な行動という観点では、確かに同じだ。グリーンフィールドが求めるのは、金銭や完璧な体型ではないが、絶えず“より多く”を探し求めていたのだ。仕事とその延長線上にある成功に対する中毒という意味では、多かれ少なかれ、誰も危険な夢を追っているといえるのだ。

終わりなき欲求の果てに得るもの。


「『Generation Wealth(富の世代)』の被写体となった人々と同じように、私は、必要なものがすべて揃ったにも関わらず、ずっと物足りなさを感じていた。でも、ないものに対する欲求を満たすことなど不可能。それに気付くことができたのは、本作で得た重要な教訓ね」


絶えずより多くを求める行動には、終わりがない。その代償として、家族やコミュニティ、信条、幸福といった、自分たらしめる大切なものを失い、行き先はついに断たれるのだ。


この映画製作の過程において、グリーンフィールドは折に触れて、西洋文化の衰退を目の当たりにしているような感覚に陥ったという。私たちがこのまま同じ道を歩み続けた場合、未来は持続不可能なものとなるだろう。経済、環境、家族、コミュニティ、精神など、すべてが少しずつ壊れていくはずだ。


しかし、希望がないわけではない。グリーンフィールド作品に登場する、2008年の金融危機で人生を狂わされた多くの人々のように、悲惨な状況の中でも変化の可能性を見出すことができれば、私たちは未来を取り戻すことができるかもしれない。依存症から脱却するには、一度、どん底を経験する必要があるのだ。そして今こそ、真っ向から対峙する必要がある。手遅れになる前に。

Text: Chloe Fox Edit: Saori Asaka

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