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アリシア・ギブソンという半生──黒人女性初のグランドスラムチャンピオン。【ジーン・クレールが選ぶVOGUEな女性】

  • 2018.8.22
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アリシア・ギブソンという半生──黒人女性初のグランドスラムチャンピオン。【ジーン・クレールが選ぶVOGUEな女性】
2018.08.22 17:00
8月27日から開催されるUSオープン。その会場に、ある女子テニス選手の栄誉を称えて銅像を設置すると発表されたのは、今年2月のことだ。その選手こそ、アリシア・ギブソン。テニスが白人男性のスポーツとみなされていた時代に、人種の壁、性別の壁と闘いながら、全4大大会で優勝し、有色人種のスポーツ界における未来に光を与えた。そんな真のヒーロー、アリシアの人生をジーン・クレールが語る。

人種差別と闘い続けた、テニス界の草分け的存在。


最近は、心から尊敬できるヒーローが少なくなったように感じられてならない。そんな中、アリシア・ギブソンは、私が真にリスペクトする人物のひとりだ。アリシアは黒人女性として初めて、プロテニス選手となり、その後はプロゴルファーとしても活躍。全盛期の実力は、トップクラスに属する現代の選手をはるかに凌ぐといえるだろう。テニスの全仏選手権では、黒人女性初となるグランドスラムのタイトルを手にし、その後もウィンブルドン選手権、全米選手権(現在の全米オープン)を次々と制した。


生涯で得たタイトルは、ダブルスで6つ、グランドスラムで11にのぼる。当時は、有色人種は白人と隔離され、同じトイレを使うことさえも許されない、厳しい差別があった時代だ。そんな環境下で競技を続けた彼女の意志の強さには感服するしかない。


彼女は強い女性で、コートの内外を問わず、決して負けを認めなかった。そして、その功績から、黒人女性としては非常に稀な、国際テニス殿堂入りを果たしている。


アリシアは極貧の家庭に育ったが、そのことをものともしなかった。12歳にしてパドルテニスの大会で優勝するなど、その才能には若い頃から並み外れたものがあった。とはいえ、前述のように、彼女が活躍した1950年代は人種差別が非常に厳しい時代。テニスは、白人のみがプレーする、いわば選ばれたエリートのためのスポーツと考えられていた。それゆえに、黒人が成功するのは非常に難しく、さらに女性となれば、ほぼ不可能だった。


しかし、彼女の才能を信じるほかの選手からの後押しを得て、23歳の誕生日にあたる1950年8月25日に、アリシアは当時ニューヨーク、クイーンズのフォレストヒルズで行われていた全米選手権デビューを果たす。その後、驚くべきキャリアを築き上げたアリシアは、ウィンブルドンで優勝した際には、エリザベス女王から直接優勝トロフィーを手渡されるという栄誉を得た。アメリカでは、ほかの黒人と同様、バスの後ろに座るよう命じられていた彼女が(当時の人種差別は、アメリカにとって本当に恥ずべき歴史だ)、ついにここまでたどり着いたのだ。

ミュージシャン、プロゴルファーとしての顔も。


ウィンブルドン優勝後、アメリカに戻った彼女は、ニューヨークでは紙吹雪が舞うパレードで迎えられ、さらにニューヨーク市が民間人に与える最高の賞であるブロンズ・メダリオンを授与された。それでも、当時のテニス大会には賞金がなかったため、依然として生活は苦しかった。


テニス以外に、ミュージシャンとしても才能があった彼女は、アメリカで人気のスタンダード・ナンバーを歌うアルバムをリリースしたこともある。だが、これほどの活躍をもってしても、「テニス=白人男性のスポーツ」という位置づけは揺るがず、彼女の実績がアメリカで顧みられることはほとんどなかった。


1964年、アリシアはプロゴルファーに転身。だが、ゴルフ界もまた、白人男性の世界であることに変わりはなく、実際、当時のホテルは黒人の宿泊を拒否していたため、ツアーで全米を回ることすら不可能だった。


晩年は病気にかかり、なけなしの貯金も医療費に消えてしまったが、スポーツ界を塗り替えた女性に、すぐに救いの手が差し伸べられることはなかった。かなりの時間を経てようやく、金銭的支援や、援助の申し出が彼女のもとに届くようになる。しかし、この頃にはすでに彼女の容体は思わしくなく、2003年に世界は真のヒーロー、アリシア・ギブソンを失った。


若者から生きるのが大変だと相談された際、私はアリシア・ギブソンをよく引き合いに出す。極貧の環境に育ち、厳しい人種差別に直面しながらも、彼女は決して不平不満を口にせず、自分に誇りを持ち、すばらしい人生を送るために全力で努力した。


あらゆる肌の色、人種、あるいは性的指向を持つ人々にとって、アリシアは今でも希望の光だ。彼女は、人は自分の信じるもののために闘わなくてはならないと、身をもって示した。あきらめてしまっては、決して勝者にはなれない。それが、時代を超えたヒーロー、アリシア・ギブソンの本質なのだ。

Text: Gene Krell

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