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向井理が“日本パラリンピックの父”を熱演! 共演の上戸彩に「泣かされたな」

  • 2018.8.19
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8月22日(水)に放送されるスペシャルドラマ「太陽を愛したひと~1964あの日のパラリンピック~」(夜10:00-11:10、NHK総合)。

【写真を見る】向井理、妻を演じた上戸彩との仲むつまじいツーショット

同作は1964年の東京パラリンピックを成功に導き、日本での障害者の社会復帰支援に尽力した医師の生涯を描く。

日本パラリンピックの父と呼ばれた医師・中村裕を演じた向井理にインタビューを行い、実在の人物を演じる上で気を付けたことや共演者とのエピソードなどを聞いた。

向井理が感動したという裕が患者たちに語り掛けるせりふにも注目
(C)NHK

当たり前ではないことをやってのけた人がいる

――台本を読んでの印象はいかがでしたか?

このお話を頂くまでは、東京パラリンピックを成功に導いた人がいるということを知らなかったんです。

当時、パラリンピックは五輪と同じ都市で必ず実施していた訳ではなく、五輪開催国の選択に委ねられていたそうです。そんな中、パラリンピックを開催するために省庁などを説得して…。

当時では当たり前ではないことをやってのけた人がいるということに対し、単純にすごいなと思いました。

また、台本には思わず泣いてしまうようなせりふも多くて。志尊淳くん演じるアキラや安藤玉恵さん演じる久子を叱咤激励する場面があるのですが、台本を読んでせりふがすてきだなと思いました。

僕は言葉をかける側なので本当は感極まってはいけないんですけどね。

そんなせりふをどんなふうに言おう、泣きながら言わない方がいいんだろうなと考えましたが、現場でそれが変わっていくこともありました。

上戸彩さん演じる妻の廣子と寝ているシーンは、特に泣くとは台本に書かれていなかったんです。

でもイギリスで感じた悔しさや医局でさんざん批判されたことが積み重なっていて…。張り詰めていたものがリハーサルで切れて思わず泣いてしまいました。

そしたら本番もそれでいきましょうとなって。ありのままにやらせてもらいました。

――感動したせりふについて具体的に教えてください。

「失ったものを数えるな。残っているものを最大限に生かせ」です。

これは留学先のイギリスでグッドマン博士から学んだ言葉で、中村先生もこの言葉を患者たちにかけます。

そして日本に戻ってから、グッドマン博士にどうせうまくいかないだろうと思われていた東京パラリンピックを「成功させろ」と言われます。

それは信頼されているからこそですよね。中村先生の人生を左右した言葉だったんだろうなと思います。

あとは車いすの患者さんにかける「足がだめでも丈夫な腕がある」という言葉。

たまたま車いすに乗っているというだけで、それは身長や体重が人によって違うのと同じ、一つの個性に過ぎない。車いすに乗っているということはマイナスではない、そこにこだわりすぎなくてもいい。

それぞれの長所をのばせばいいだけというのは、パラリンピックに限らず、障害者、健常者関係ないことだとこの作品を通して感じました。

【写真を見る】向井理、妻を演じた上戸彩との仲むつまじいツーショット
(C)NHK

彼女の深みがあったからこそ感情が揺さぶられた

――お話にも出た上戸さんとの共演はいかがでしたか?

CMでは共演していましたが、ドラマはとても久しぶりで…。

今回夫婦という距離感の近い役どころだったので、プライベートでも親しい上戸さんと演じられるというのはすごく楽しみでもあり、安心感もありました。

思わず泣いてしまったシーンは、真ん中に子どもがいて川の字で寝ている場面なのですが、ご本人もお子さんが生まれて、そういった彼女の深みがあったからこそ感情が揺さぶられて…。

ちょっと悔しいというか、泣かされたなという感じもありました(笑)。

実際の中村先生の奥様はご健在ですが、先生のことを本当に支えていたと聞いています。

上戸さんはお芝居でも支えてくれて、彼女のせりふを聞いているだけでこっちが中村先生になれたという、本当にありがたい存在でした。

――実在した人物を演じる上で、何か勉強されたことなどはありますか?

中村先生がどういう人だったかを知るためにご本人が書いた本を読みました。

また、周りの人が先生をどう捉えていたかを知りたくて、お葬式に参列できなかった方からの弔辞や、中村先生と関わった経営者の人たちが出している中村先生についての本を読み、そこで感じたことを演技に生かしましたね。

先生は熱意と行動力がある人。ドラマで太陽の家(中村が創立した障害者の自立のための支援施設)との取引交渉のため工場に行き、怒鳴り散らして怒られるという場面がありますが、実際にもドラマで描かれている通りだったそうです。

先生の奥様からそういったお話を聞いて、“とにかく誰かと戦っている人”というイメージがあったので、わりと激しめにやってもいいんだなと思って。

激しく怒ったり机を叩いたりすることは台本にありませんでしたが、やってもおかしくないだろうと思って盛り込みました。

 向井理は車いすバスケにも挑戦
(C)NHK

障害による壁のない世界を作りたいという思いだけだったのでは

――ご自身も作中で車いすバスケットボールに挑戦されていますが、いかがでしたか?

今は健常者の方でも車いすバスケに参加ができるそうなんです。

普段と目線も違うし難しいですが、慣れると楽しいし、競技として面白いなと感じました。偏見を無くすためにも一緒に同じ競技をできるのはいいなと思いましたね。

車いすがぼろぼろになるほどですし、体じゃないからこそ思いきりぶつかれるので、インパクトはとてもあります。

――過酷な状況でも根気強く障害者支援に尽力した中村先生のモチベーションは何だったと思いますか?

当時の大分には炭鉱もありましたし、脊髄損傷をしている方が多くいたと思います。

でも今みたいなサポートも特にない。患者さんが家族と冷たい関係になっているのも見聞きしていて、なんとかしたいなという思いがあったんでしょうね。

イギリスの病院に行き、日本で出来ていないことを成し遂げていて、車いすの人たちがお給料をもらって家族を養っている姿を見て、とにかく悔しかったのではないでしょうか。そういった障害による壁のない世界を作りたいという思いだけだったのではと思います。

羨望やサポートがない環境に対する怒りが原動力のひとつだったのかなと。演じていてもいら立ちや鬱憤はとても感じました。

向井理が「東京パラリンピック1964」を成功に導いた実在の医師を熱演!
(C)NHK

あらすじ

研修先のイギリスでスポーツを取り入れた障害者医療を学んだ整形外科医の裕(向井)は、帰国後日本で障害者スポーツを広めようとする。

しかし“リハビリ”という言葉すらなかった当時の日本では、裕の考えは受け入れられなかった。(ザテレビジョン)

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