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100回目の夏の甲子園、50年前となにが変わった?伝説の野球映画に見る“日本の青春”

  • 2018.8.3
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日本に100回目の夏がやってきた――。全国高等学校野球選手権大会、いわゆる「夏の甲子園」は、今年が記念すべき第100回大会だ。世界を見回しても、100年以上の歴史を有するスポーツイベントなど数えるほどしかない。その歴史的価値を知れば、球児たちの戦いも、応援に汗と涙を流す周囲の物語も、より一層味わい深くなるはずだ。

【写真を見る】『第50回全国高校野球選手権大会 青春』撮影風景より、市川崑

もちろん、100回の大会史をすべて振り返る必要はない。例えば50年前、1968年の第50回大会の様子を知るだけでも、変わらないもの、変わったことが見えてきておもしろい。

『第50回全国高校野球選手権大会 青春』
[c]朝日新聞社

“甲子園を目指す日々”の愛おしさ、儚さ、涙ぐましさ

『第50回全国高校野球選手権大会 青春』(68)は、『犬神家の一族』(76)『ビルマの竪琴』(85)などで知られる巨匠・市川崑が手がけた、球児と甲子園の物語を収めたドキュメンタリー映画だ。市川崑とスポーツ、と言えば、国民的映画として大ヒットを記録した『東京オリンピック』(65)が有名だが、本作はもうひとつの知られざるスポーツドキュメンタリー。昨年、DVD化されるまで、ファンの間で長らく“伝説”と呼ばれてきた、歴史的秘蔵映画ともいえる。

【写真を見る】『第50回全国高校野球選手権大会 青春』撮影風景より、市川崑
[c]朝日新聞社

本作の特筆すべき点は、夏の甲子園第50回大会の記録映画でありながら、前年冬から日本全国を駆け回り、市井の球児たちの練習風景からカメラに収めていること。

甲子園という聖地にたどり着けるのは、全国でもほんの一握りの球児たち。ともすれば、その選ばれた世界にだけスポットライトを当てがちだが、甲子園を目指す日々にこそ、球児たちの本当の姿があることを改めて気づかせてくれる。

『第50回全国高校野球選手権大会 青春』撮影風景
[c]朝日新聞社

そして、その“甲子園を目指す日々”の愛おしさ、儚さ、涙ぐましさは、半世紀を経てもきっと変わらないもの。だからこそ、高校野球はいまも昔もこれだけ注目を集め、見る者を捉えて離さないのだろう。

高度成長期から現在へ。高校野球は50年でなにが変わった?

その一方で、いまの野球と違う点にも気づかされる。たとえば、50年前はまだ木製バット。ヘルメットも着用していない学校がある。事故防止のための耳付きヘルメット義務化は、この大会から4年後の72年から。金属バットの解禁は74年から。いまなら「小柄」と表現されるかもしれない178cmの球児を「堂々たる体」と伝える実況アナウンサーの言葉からも、野球がスポーツ的に近代化されたのはこの50年のことなのだ、という発見ができる。

また、応援団も蛮カラ姿ばかりでチアガールは数えるほど。いまではおなじみのブラスバンド応援もこの頃はない。どこか牧歌的で汗くさく、でも、しみじみと野球を楽しむアルプススタンドの風景がある。

『第50回全国高校野球選手権大会 青春』撮影風景
[c]朝日新聞社

開会式のあるシーンで、実況アナウンサーは「ここに、日本の青春があります」とつぶやく。市川崑がタイトルに『青春』と付けたのも合点がいく。この映像は、野球に青春をかけた球児たちの物語でありつつ、高度経済成長のど真ん中にあった“日本の青春記”でもあるからだ。

100回目の夏も変わらぬ「青春の象徴」

日本の青春=高度経済成長はこの映画から5年後の1973年まで。以降、バブル期、失われた20年を経て、いまの日本は一体、何期に当たるのか。

翻って、いまでも熱狂的な人気を呼ぶ高校野球は、この50年ずっと青春時代だった、と言えるのかもしれない。ただ、問題点も多い。いまだにしごきを課す指導者、部員数と野球部の減少、酷暑のなかでプレーする開催時期の変更を訴える声は年々大きくなってきた。それでも引き続き、青春の象徴であり続けることは出来るのか?

100回目の夏。あえて50年前の球児たちの姿を見ることで、そんなことを考えてみてもいいのかもしれない。

『第50回全国高校野球選手権大会 青春』は、日活よりDVD発売中
[c]朝日新聞社

(Movie Walker・文/オグマナオト)

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