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瀧本幹也×中井圭が語る『万引き家族』。

  • 2018.7.9
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瀧本幹也×中井圭が語る『万引き家族』。
2018.07.09 11:15
カンヌ映画祭最高賞のパルムドールを受賞し、家族のあり方を含む社会問題に一石を投じた『万引き家族』。監督を務めた是枝裕和は、過去作でもさまざまな「家族像」を描いてきた。そこで今回、『そして父になる』『海街diary』『三度目の殺人』などの是枝作品の撮影監督を担当した写真家の瀧本幹也と、映画解説者の中井圭を迎え、是枝作品に流れる「家族」、また「人間の絆」について改めて語ってもらった。

是枝監督は、なぜ“一般的ではない家族像”を撮り続けるのか。

中井圭氏(以下、中井) 瀧本さんは、これまでに是枝監督の数多くの作品で、撮影監督を担当されていますが、今回パルムドールを受賞した『万引き家族』をご覧になっての、率直な感想はいかがでしたか?

瀧本幹也氏(以下、瀧本) 動揺しましたね。演出、脚本、編集、音楽すべてにおいて、完成度が高くとても練られていて。実際、観終わった後に、是枝監督に「すごく動揺しました」とLINEを送りました。

中井 是枝監督は、ここ最近「一般的な家族ではない家族像」をずっと撮られてきたと思うんです。たとえば、『誰も知らない』はネグレクトの話であったり、『そして父になる』は子供の取り違え。『海街diary』では母親が違う家族であったり。そして、『万引き家族』は、そのなかでも、是枝監督の新しい到達点に至っているなと感じました。

瀧本 そうですね。語弊があるかもしれませんが、これまでの作品のすべてのベースにある社会問題や、現代的なリアリティの要素を少しずつ、うまく絡ませている気がしました。でも、そこにわざとらしさを全く感じさせないのが、この作品の優れているところだと。

中井 是枝監督は、ひとつの「家族」を描くことで、より大きな「社会」というものが、いまどうなっているかを見せようとしているのかなと感じました。今回の作品も、まさにそうですよね。犯罪でつながっている家族だけれども、その裏には、日本社会が弱者をケアしきれておらず、セーフティネットがないという背景が描かれています。

瀧本 そうですね。どの登場人物を見ても、「実際にあり得るよな」「実際にあったよな」というリアリティのある話ばかりなんですよね。たとえば、ネグレクトの女の子の話なら、最近だと5歳の女の子が義理の父親に虐待されて亡くなってしまったという、痛ましい事件がありました。でも、世の中で一方的に報道されるニュースだけを見ていると、親も子供もがどういう生い立ちで、家族とはどういう関係で、どういう事情でそうなってしまったのかがよくわからない。そういうインビジブルな部分を、是枝監督はうまく形にされています。

子どもは社会を映し出す鏡である。

中井 是枝監督の作品では、家族の描かれ方がとても自然ですよね。実際に瀧本さんは是枝監督と何度もお仕事されているわけですが、撮影で印象的だったことなどはありますか?

瀧本 役者に現場に馴染んでもらうために工夫していると思います。たとえば、『海街diary』のときは、撮影前のオリエンテーションとして、四姉妹を集めて、セットインする前に部屋の掃除などをしてもらっています。撮影に使わせていただいた家が、実際に老夫婦が住んでいらっしゃる日本家屋だったので。スタッフは手伝わずに四姉妹だけで縁側の雑巾がけや、障子の張り替え、あとは家で一緒にゲームをしてもらいました。四姉妹が住む家に馴染んで、住人として愛着をもってもらうために丸一日そういった時間を作られていました。結果四姉妹も仲良くなり、あの自然な表情が撮れたのだと思います。

中井 雑巾をかけるといった、本来家族が一緒にやる行為を体験することによって、それぞれをひとつの家族にしていったんですね。

瀧本 言葉で説明して頭で理解するだけでなく、実際に体験してもらうことは身体に刻まれるのでとても重要なことなんだと思いました。あと、印象的だったのは、子役に台本を渡さないこと。親にも事務所にも渡さないので、親御さんもどういうストーリーなのか、何も知らないんです。子役は練習してこないほうが、かえってよかったりすることも多いので。

中井 子供の場合は、作らせるとすぐに表に出ちゃいますからね。本当にうまい子役ももちろんいらっしゃいますが、わざとらしくなる傾向もありますから。是枝監督は、そういう「わざとらしさ」をかなり排除している印象がありますね。これまでの作品の中でも、そういうものを排除する動きはあったのでしょうか?

瀧本 芝居やセリフも、とりあえず台本通りにはやるんですが、そこで「何か違うな」というところをどんどん直していって、セリフも変えていく。子役の子の素のアドリブが良かったりすると、その前後を変えないといけないので、撮り直すことも多いです。

中井 是枝監督作品には、子供がよく出てきますが、「子どもをどう見せようか」というよりは、「子どもを鏡」だと思っているんじゃないかとよく考えるんです。つまり、子どもを撮ることによって、社会や背景が映る。だからあまり作り込ませず、ナチュラルさを表に出しているというか。是枝作品では、親のエゴとか社会の状況に振り回される子供の姿が脈々と描かれているんですよね。

瀧本 今回の『万引き家族』もそうですよね。親の理不尽に巻き込まれる子供たちが描かれている。


中井
特に長男は、最初は父親の言う通りにやっていたけれど、次第に「あれ?自分がやってることって正しいんだっけ?」とゆらぎを覚えていきますよね。あれって、大人なら「しょうがない」と思うことに対して、子供は素直に疑問を持つからなのかなと。この作品もすばらしい役者がたくさん出ているけれど、主体は恐らく、二人の子供たちで、作中では「彼らが何を感じているか」ということが常に描かれている。そして、それは社会、すなわち大人たちの勝手な姿が投影されているように思います。

既存の「家族像」が壊れゆくなか、人と人は今後どうつながっていくのか。

瀧本 先ほども少し述べましたが、何か凄惨な事件が起きたときに、どうしても僕たちは、その人の年齢や現在の職業、ステータスなど表面的なことに目を向けがちですよね。「その背景には何があったのか」「どういう事情があったのか」という深い部分に関心を持つことが、本来は大切なはずなのに。関心を持つことさえできれば、本当の家族ではなくても、そこに家族の絆に近いものが生まれてくる場所があるような気がします。


中井
そうですね。いままでの典型的な「家族像」とは違う形かもしれないし、そこも含めて、人間がどのように繋がっていくのかを考えているのかなと思います。実際、是枝作品の中では、きまりきった家族像というものは描かれていませんよね。むしろ、これからの時代は「こうでなければいけない」という家族像はなくなっていくのかなと。そのなかで大切なのは、不完全であっても寛容さが重要になってくるということ。そしてもうひとつは、どれだけ他者に関心が持てるかということが、問いかけられているような気がします。『万引き家族』にしても、「無関心が社会の問題を引き起こす。だから関心を持とう」というメッセージを提示しているように感じました。

瀧本 そうですね。家族だけではなく、そもそもの人間の絆は、他人に関心を持つことから始まっていくのかなと。

中井 今回の『万引き家族』でいうと、セーフティネットが本当に必要な人たちに、僕らは目を向けているのか。そして、それを踏まえて、みんながハッピーに生きていくためにはどうしたらいいのか。犯罪を犯している人を見ている視点だけではなく、「犯罪をする側の視点」もきちんと考えようと。人間の多面的な部分に触れ、家族の絆、ないしは人間の絆をもう一度再定義していこうと投げかけられているような気がしました。

瀧本 『万引き家族』のすごいところは、いまの社会を切り取った複雑なテーマを、映画という媒体を通じて、広く観てもらえるようにしたこと。この作品を見て、「我々は今後何を考えていかないといけないのか」ということを、改めて考えさせられました。

Text: Haruna Fujimura Editor: Yukiko Kaigo

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