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ケガから精神的、身体的、感情的に回復する5つの方法

  • 2018.5.22
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Cover image by YJ US
腰のケガからゆっくりと回復してきたこの2年間、ケガは単に体にダメージを与えるだけではなく、大きなインパクトを与えることを学んだ―もしあなたがアクティブな人だったり、私のようにプロとして体を使う仕事をしている場合は特にそうだ―精神そして感情、お金の面でも大打撃を受けるだろう。アンドレア・フェレッティがホストを務めるYogaland Podcastで、ケガをしている間の精神的・身体的、感情的・金銭的なことについて語っている。そしてヨガ・ティーチャーとして直面した困難についてや、私に希望を与えてくれたもの、ケガの経験を処理しやすくしてくれたことについても語った。ケガをした直後の半年は特に大変だったが、この人生を変えてくれるようなステップを実行したらずっとラクになったという。

ケガから回復する5つのステップ(マットとマット以外でできること)

1.ケガをケアすること、しかしケガに人生を乗っ取られてはいけない

ケガに対処するとき、体は当然念入りにケアするだろう。ケガに響くようなアクティビティは避け、必要な治療はもちろんすべて受けると思う。治癒のプロセスに長い時間がかかることを知っているなら、あなたのアイデンティティをケガに冒されないことが大切だ。あなたは単にケガとそれにまつわることを経験しているだけで、決してあなた自身がケガだというわけではない。こんな特定の経験より、あなたやあなたの人生にはもっと大切なことがある。
私はずいぶん昔、消化路全体に影響する健康上の問題があって、インドで寄生虫をもらい悪化させてしまったときにこの教訓を得た。その後数年にわたり、私の人生は考えること、話すこと、読むことなど何もかも胃腸を中心にして回っていった。健康上の問題、それを解決しようとするとこれほどまでに人生の一部になり、私やまわりの人にとって健康的ではなかった。
今回は、教えたり眠ったりの日々の活動に影響するような痛みが続いたのは最初の半年だったが(サンダル以外は自分で履けなかった)、決してこの痛みに人生を乗っ取られないようにしようと思っていた。医師の治療にはきちんと通い、治癒の助けになる活動も行ったが、この経験が意識のすべてになることがないようにした。外には大きな世界が広がっており、腰にフォーカスするよりもっといい生活がある。
教訓:定期的にケガやネガティブな状況、治癒の後退について語ったり考えたりすればそれ強めてしまう。治癒のステップの間は人生のポジティブな面にフォーカスして。

2.自分のケアを最優先に。感情を感じて、しかし立ち止まらないこと

ケガは体にダメージを与えるだけでなく、あなたを弱い立場に追いやり精神的にも感情的にもひどく傷つけるだろう。ケガしたあとの数カ月、私はたくさんの内面の混乱や不安、抑うつを感じた。文字どおり、そして比喩的にもどうすれば自分自身の2本の足で立てるかを考えた。どれくらいの期間この制限された状態におかれるのか、どれくらいティーチングとキャリアに影響するのか、10年以上もヨガの世界だけで働いてきたので、他にできる仕事はあるのか?すべてを諦めた時、どこで生きていけばいいのだろうか?ふつうはこの種の不安を解消するために、歩いたりアーサナ・プラクティスを行うが、このときはその選択肢は選べなかった。
この不安定な時期を乗り切るいちばんの方法は、日々行うべきことを考えることだった。そうするとサポートされ、自分がすっかり元どおりになった気がした。ストレス解消に、脚に浮きを挟めば泳げることを発見したし、それ自体瞑想のプラクティスをしているような気分になれた。ウォータープルーフのiPodを持ち込めば、水中パーティに早変わり。気分を明るくするため、体を太陽の光に当てることを再開した。友達との時間を増やし、私がいかにジャグジーや温泉、公衆浴場、波の音を聴くこと、マッサージチェアを愛していたかわかった。
教訓:リラックスできてサポートされている気になることを見つけよう、そして実行!

3.思考回路を組み直そう。今できることにフォーカスしよう

ケガをしたあとは、今までできていた動きができないこと、好きなヨガのポーズを安全にとる能力がなくなっていることについて、くよくよと悩みがちだ。数週間、数年、もしかすると一生の間制限が続くとすれば、欲求不満になり新しい制限について、嘆き悲しむのは当たり前だろう。そうは言っても、“今までできていたこと”にフォーカスし続けるのはあなたやほかの誰のためにもならない。自分自身のアイデンティティや価値を、身体的な動きや能力で決めてしまわないことが大切だ。あなたが“する”ことはあなたが“誰か”とは違う。あなたイコールあなたのヨガプラクティスではない。アーサナ・プラクティスは体よりもっと深い何かとつながることを助ける手段に過ぎない。また、複雑なアーサナができることが上級のヨガ・プラクティショナーであるという思い込みも手放そう。
同様に、過去に固執することもあなたのためにならない、過去のある一点だけを見てプラクティスがこうある“べき”と非現実的な期待をかけるのは健康的ではない。時間は私たちと母なる自然で、いつも並行して流れているわけではない。治癒が後退するほど自分を駆り立てるかわりに、体を尊重することが大切だ。私はケガをした直後の数週間、かなり無理をして100倍も悪化させてしまったので、嫌というほど思い知らされた。ケガが悪化したあとでさえ4~6カ月後には通常のプラクティスに復帰することを企てていたが、その時も今でも、医者から“通常”に戻れるとのお達しはでていない。今では自分を追い込むよりも一歩後ろに下がることで、ずい分といい状態でラクに治療ができている。
たくさんの抑うつと不安を経験したのち、ケガから2カ月経った頃に私は心の回路を組み直すことにした。ペンと紙を用意して机に向かい、マットの上とそれ以外で今できることを徹底的にリストアップしたのだ。この作業はポジティブな見通しを与えてくれて、私にとって大きなターニングポイントになった。制限のある状態で私ができることに対して、とても驚きワクワクした。たとえば、新しいセルフケアのアクティビティに加えて、ブログや記事を書くことがどれほど好きだったかに気付かされた。ことばの表現力を磨いて、クラスやワークショップ、オンラインで自分自身の体を使わなくても、生徒さんにデモンストレーションしてもらうことで、まだ複雑なアーサナを教えることもできると気づいた。ほかの先生のキャリアを後押しすることが楽しいことにも気づいたし、協力して行う200時間のティーチャー・トレーニングの開発も始めた。また、自分もいくつかのティーチャー・トレーニングに通って解剖学の知識を深め、ヨガのケガを防ぐ方法について学びを深くし、ヨガボールや治療としてのヨガクラスに興味を持つようになった。
教訓:できないことではなく、できることにフォーカスしよう。

4.プラクティスを諦めない―今まで行っていたことを続けよう

ケガの前のプラクティスがどう見えたか、どんな気分で行っていたかにこだわるのはたやすいことだ。プラクティスは一時的または永続的にほかのものになるかもしれないが、できないものにフォーカスする代わりに今安全に行うことができるものを見つけよう。もしそれが壁に脚を上げるポーズ (ヴィパリタカラニ)や瞑想のプラクティスのようなポーズ1つだったとしても。
医者や理学療法士に痛みを減らす、またはケガを癒すポーズがあるか聞いてみるのもいい。たとえば、私の治癒プロセスでは、ヴィパリタカラニが脚と腰の炎症を減らすのに役立ち、骨盤底筋をリラックスさせてくれた。ケガから数カ月のち、痛みを減らすためウォールロープを使った下向きの犬のポーズを追加。大腿骨の先と寛骨臼の間にスペースを作るために横たわった足の親指をつかむポーズ (スプタパダングシュターサナ) バリエーションを追加した。そして腰をケガすると弱くなりがちな臀筋とハムストリングを強化するため、徐々に橋のポーズ と片足の橋のポーズへと進んでいった。
どんなアーサナをする前も自分自身に問いかけよう。「このポーズはケガのためになる?ケガを悪化させないだろうか?」ポーズが回復の支えにならなくても、行うことにプレッシャーを感じないでほしい。体の声に従って。できそうなポーズを行うにあたっては、敏感になり、ゆっくりとものごとを運び、ポーズをきめるときには慎重になってほしい。ポーズのいちばん控えめなバリエーションからスタートしたら、次第に深める前にどんな感じがするか確かめよう。もしかするとその控えめなバリエーションが今のあなたの体にとってベストで、10年後も変わらないかもしれないが、それでも大丈夫。さらに体を傷つけるより安全なほうがずっといい。
ヨガ・ティーチャーには、ケガをしていることを知らせておこう。ちょっとしたケガなら、クラスの間あなたを調整してくれるだろう。私の場合は、医療専門家以外に体に触れられるのがいやだったが。クラスであなた向きではないポーズがあった場合、自分に合ったデフォルトのポーズを見つけるようにして。ティーチャーにおすすめのポーズを聞いてみるのもいいかも。
教訓:エゴを手放そう。ポーズがこう見える“べき”という考えを手放すのが大切。現在のプラクティスがどう見えるかと、以前はどう見えていたかを比べないこと。プラクティスを決してほかの誰とも比べないこと。

5.未来に対してポジティブでいよう。大きな夢を持ち続けて

今できることにフォーカスすることに加えて、あなたがはっきりと期待できることに注目して。ケガをしてよかったことのひとつに、自分のペースを落とせざるを得なくなったことがある。そしてそのままだとペースを持続できなかっただろうことにも気づかされた。大きいもの、小さいもの含む人生で本当に欲しいものについて、あらためて考えるチャンスをもらった。私は自身に問いかけた、「私が欲しいものは何?どんな気分でいたい?」すると、私が主に欲していたものやことには動かしやすい体は必要ではない、あるいは希望がはっきりする頃までには、もう少し動かしやすい体になっているだろうことを発見。たとえば、平和で豊かで安定した気分を感じたい。もっと静かな時間、家族や友達と過ごす時間が欲しい。動物を助け、井戸を掘りたい。もっと自然の中で過ごす時間が欲しい、服を買いに行きたい(何年かぶりに)、ホールフードマシーン、バイタミックスを手に入れる(これはついに入手!)、1年に1回は休暇を取る(これも何年かぶり!)、自分の家を持つ。わかっていることといないこと含めて、ベストなやり方で私の資質と才能を使うことが私の希望だった。教えることに関しては、少しだけ違う方向を目指すことにした、しかしケガの前と同じ願望もたくさんリストアップしている。ヨガジャーナルとの仕事を増やしたい(今まさに取り組み中!)、もっとオンラインクラスを教えたい、国内外のワークショップやフェスティバルで教える機会を増やしたい、ティーチャー・トレーニングの指導もしたい。
教訓:つらい気持ちで過ごして時間をムダにしないこと。現在も未来も、ケガに制限されないこと。心の流れる方向に人は従う!ケガの前に抱いていたのと同じ夢をケガのあとも持つことができる。セットバック(後退)を素晴らしいセットアップ(回復)に変えてしまおう。夢は大きく。
Translated by Shuko Kurokami

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